フラメンコのポップ化・フュージョン化【フラメンコ音楽論51】

フラメンコ音楽論では前回から新シリーズ「フラメンコの裾野を広げるコンテンツ戦略」というテーマに入りましたが、前回は具体的なコンテンツ戦略として以下の4つの小テーマを提示しました。

  1. フラメンコのポップ化・フュージョン化
  2. フラメンコギターのギター音楽化
  3. バイレのコンテンツ化
  4. メディアミックス戦略

これら4つのテーマのうち、今回は「1.フラメンコのポップ化・フュージョン化」についてお話したいと思います。

フラメンコのポップ化・フュージョン化は、難解なイメージのある純フラメンコの音楽を一般の人にも聴きやすい形にしたものですが、カンテ・ギターの人口を増やし、日本のフラメンコの音楽面を充実させていく鍵となるものではないでしょうか。

スペインでのフラメンコポップ&フュージョン

フラメンコポップ・フラメンコフュージョンの概要については、こちらの記事で詳しく書いていますので、ご一読いただけたらと思います。

この「フラメンコ音楽論37」の記事のなかで、スペインでフラメンコポップ&フュージョンが発展してきた歴史についても書いていますが、その結果として、古典的なカンテやフラメンコギターのCD作品にもフラメンコポップ系のプロデューサーや楽器奏者が参加するようになってアレンジが多彩になり、若いファンを獲得することに貢献してきたという経緯があります。

フラメンコポップ&フュージョンという形態はスペイン国内でも賛否両論ありますが、フラメンコが音楽として生き残って発展いくために必要なプロセスだったのではないでしょうか。

スペインと日本ではフラメンコを取り巻く環境が違うので単純比較は出来ませんが、スペインの状況というのは日本のフラメンコの未来図でもあると思うし、「フラメンコをポップ化・フュージョン化して一般の音楽ファンをとり込んでいく」という発想は、これからの日本のフラメンコ界にとって大きなテーマであると思います。

日本の状況

スペインのフラメンコ音楽はポップ・フュージョン化することで現代性を獲得して新たな可能性を開いて来たのですが、日本の状況はどうでしょうか?

日本でフラメンコというと、未だに「星のフラメンコ」(西郷輝彦の1966年のヒット曲)を連想する方も多いという事実が全てを物語っていますが、知名度において、この56年前の曲を超える国産のフラメンコ系コンテンツが日本には存在しないのです。

ちなみに「星のフラメンコ」は浜口庫之助という方の作曲ですが、この方はジャズやラテンの素養はあるものの、フラメンコとはほぼ無縁の方です。

そして曲の内容的にはほぼムード歌謡で、それに「フラメンコ風」なアレンジが付けられていますが、本物のフラメンコとは全く異質なものでした。

「星のフラメンコ」は日本人にフラメンコという単語を認識させた、という功績は大きいですが、フラメンコというものが正しく伝わったか?というと全くそうではありません。

しかし、決して「星のフラメンコ」が売れた事が悪いわけではなく、本当の問題は、そのイメージを塗り替えるだけの国産のフラメンコ系コンテンツが56年経っても出てこない、という事なのです。

2000年代頃までの日本の音楽業界は保守的で、フラメンコのようなマニア向けのジャンルには冷淡だったので、良いコンテンツを作っても大手に売ってもらえなかった、という事情が全てなのかもしれませんが。

ですが、時代は変わり、今はインターネットの時代です。

アーティストが視聴者に直接リーチしていける仕組みが出来つつあるので、フラメンコのような「日本で売れるか分からないコンテンツ」にとっては大きくチャンスが開かれる可能性があると思います。

そろそろ「星のフラメンコ」のイメージを塗り替えるコンテンツを作るべき時期が来ているのではないでしょうか?

ここからは自分自身の経験も交えつつ、日本人が作るフラメンコポップ&フュージョンという事について考えてみようと思います。

自分のフラメンコポップ経験

自分は2004年から2008年頃に「Galeria Rosada」というバンドで作詞作曲して日本語詞のフラメンコポップにチャレンジしていた時期があり、2007年にはCDも出しています。

Galeria Rosadaの活動詳細についてはこちらの記事をご覧ください。

そして、これはGaleria Rosadaをやりながら自分自身が悩んだ事なのですが「日本人の自分が、純フラメンコもまだまだおぼつかないのに、フラメンコポップとか、やって良いものなの?」という疑問について、自分なりの考えをお伝えしておきたいです。

フラメンコポップ&フュージョンをはじめとしたフラメンコ系コンテンツを作るためには純フラメンコのバックボーンが重要になることは確かな事だし、この「フラメンコ音楽論」の執筆姿勢も「フラメンコ系コンテンツを作るなら純フラメンコをしっかり勉強すべし」というものです。

ですが、「スペイン人のフラメンコを完コピで出来るようになるまでオリジナルな事をやるな!」というのは違うと思うんですよね。

「純フラメンコを完全に習得してから」というのでは一生始められないかもしれないし(自分はそう感じます)、敷居が高くなりすぎて日本人向けのフラメンコ系コンテンツの作り手が出て来なくなってしまいます。

自分自身はこのような思考から、なるべく若いうちから純フラメンコと並行して日本人ならではのオリジナルなものに取り組むのが理想なのでは?という結論に至りました。

以上、自分の経験と基本的な考え方をお話しさせていただきましたが、ここからは、日本人がフラメンコポップ&フュージョンに取り組むための方法論や問題点について考えてみましょう。

和製フラメンコポップは作詞力がポイント

一般的に日本のポップミュージックのリスナーは歌詞が作る世界観を重要視するので、日本でポップのアプローチをやるなら日本語作詞能力は重要になると思います。

しかし、日本人のフラメンコ歌手・ギタリストは作詞に関しては未経験な場合が多く、障壁になりやすい部分ではないでしょうか。これは自分がGaleria Rosadaの制作面で最も苦労したところでもあります。

Galeria RosadaのCD(歌もの9曲)では自分が8割ほどの作詞を担当していますが、なにぶん未経験だったので作曲と比べて数倍の時間を要しました。

曲のほうはルーチンである程度出来たりしますが、歌詞は言葉の選び方一つ一つが世界観に直接関わるし、多くの人の共感を得られる歌詞を継続的に書けるのって本当に才能なんだと思います。

それからもう一つ、歌い手(弾き語りが出来るギタリスト等でも)が主導して自ら作詞する形であれば問題は無いのですが、Galeria Rosadaのように楽器奏者主導の場合はパートナーとなるボーカリストの人選が最大の問題になるかもしれません。

やりたい音楽の内容や活動スタイルによって最適な人選は変わってきますが、歌中心のポップアプローチである以上はボーカリストのキャラクターや作詞で音楽全体の世界観が左右されることになりますので。

今の環境なら、ボーカロイドに歌わせるのもアリかもしれません。それなら100%自分でコントロールできますよね。

日本でのフラメンコフュージョン

ギタリストなどの楽器奏者が主導してオリジナルな音楽をやる場合は、楽器演奏主体のフュージョン形態も魅力的な選択肢です。

フュージョン形態なら作詞とボーカリスト選定の問題から解放されて作曲に集中できますし。

楽器演奏が主体のアプローチでは爆発的な人気化は望めないのかもしれませんが、ITマーケティングが浸透した現在では、小規模な人気化であれば、激烈な競争率がある歌ものの音楽よりも、マニア層を狙ったインスト音楽をやったほうが有利かもしれませんよね。

また、インスト音楽には言葉の壁が無いのでワールドワイドな展開もしやすいでしょう。

インスト音楽でエッジを獲得するには?

フラメンコフュージョンといっても、実態はかなりの幅がありますが、大雑把に分けると以下の3パターンになると思います。

  1. 作曲とアレンジで聴かせるもの
  2. ジャズ型のテーマとインプロビゼーションで構成されたもの
  3. 純フラメンコ型のファルセータとマルカールで構成されたもの

同じアーティストでも曲によってこれらが混じったりするのが普通と思いますが、リーダーや集まったメンバーの資質によってやり方が決まってくるものです。

そして、インスト音楽にはインスト音楽の難しさがあります。

歌が入る場合は歌手のキャラクターや歌詞の世界観でリスナーを引き込む事も出来ますが、インスト音楽の場合は楽曲と演奏のみの勝負になるので、より強いエッジ(独自性とインパクト)のある楽曲・演奏が求められる傾向があるのではないかと。

自分個人的には、フラメンコ系の人がインストのフュージョン音楽をやるとしたら、インプロビゼーションなんかはジャズ系のめちゃめちゃ上手い人達が沢山いるので、そこで勝負するよりも、フラメンコ独自のコンパスや、和音・フレージング、演奏テクニックなどを活かしたアレンジでエッジを獲得して行くのが良いのでは?と感じています。

その上で、多くの人に聴いてもらうには、そうしたマニアックな処理をしつつも、心に残る楽曲にまとめあげる「ポップセンス」が必要になってくるでしょう。

ポップセンスについて

最後に、今登場した「ポップセンス」という言葉を解説して、このテーマの締め括りとしたいです。

これは今回のテーマであるフラメンコポップ&フュージョンに限った話ではなく、音楽や芸能全般に言えることですが、自分のコンテンツを多くの人に視聴してもらうことを考えた時、作り手にとって最重要な要素が、この「ポップセンス」だと思います。

言葉の意味を説明するのが難しいですが、「大衆の求めるものを敏感に感じて、それを自分のやりたい事とミックスして、洗練された形で提示できる能力」でしょうか。

音楽プロデューサーなどはこれに特化した職業ですが、これからは個人でコンテンツを制作する時代に入るので、アーティスト本人のポップセンスの有無で結果に相当な差が出ると思います。

フラメンコのようなジャンルでは、マニアックな難しいことを上手にやる人は相当数居ますが、そういう能力がある人が高いポップセンスを兼ね備えると物凄いものを作り出すので、そのジャンル全体が注目を集めることにもなります。

フラメンコギタリストだとビセンテ・アミーゴ、カンテならディエゴ・エル・シガーラなどは抜群のポップセンスがありますよね。

「才能」と言ってしまえばそれまでですが、自分は「視野の広さ」「成功への意欲」「柔軟な音楽性」といった要素が合わさったものだと思っています。

そして、そういう人材が多く出てくるために必要になるのが「層の厚さ」と「自由な事が出来る活動環境」なのではないでしょうか。

――今回はフラメンコのポップ化・フュージョン化についてお話しましたが、次回はギターにスポットを当てて「フラメンコギターのギター音楽化」というテーマで書こうと思います。どうぞお楽しみに!

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