フラメンコの進化【フラメンコ音楽論38】

フラメンコ音楽論では、前回まで数回に渡って「フラメンコ音楽現代史」として現役アーティストの活動を紹介してきました。

今回はフラメンコ音楽現代史編の総まとめとして、第3世代・第4世代のアーティストが担ってきた新しいフラメンコの実態と、フラメンコの進化の方向性を考察し、フラメンコ音楽現代史の締めくくりとしたいと思います。

モデルノ(Nuevo Flamenco)と言われてきたもの

1970年代以降に演奏され始めた新しいスタイルのフラメンコは、当初は「モデルノ」「Nuevo Flamenco」と言われて、伝統的なものと区別されてきましたが、それからすでに40年くらいの時間が経過し、かつて「モデルノ」と言われて特別視されたものも、現在はスタンダードな感覚として定着しているものが多くあります。

フランコ政権が倒れた1970年代を境に出現してきた「フラメンコ・モデルノ」「Nuevo flamenco」とは何だったのか?その実態は?これからはどうなるのか?ということを考えてみたいと思います。

「モデルノ」は従来のフラメンコと何が違う?

では、モデルノと呼ばれた新しいフラメンコは従来のものと何が違うのか?という話ですが、従来と違う表現が入っていれば、何でもかんでも「モデルノ」と十把一絡げに呼ばれていたのは否めないと思います。

従来と違う表現といっても、それに至る経路は様々で、他のジャンルからの拝借や、アーティスト個人の創意工夫だったり、偶然の産物(これ、フラメンコだと多い気がします)だったりします。

そして「従来と違う表現」の内容としては下記のようなものがあると思います。

  • コンパスの複雑化や解釈拡張
  • 歌のメロディーライン変更
  • ギターのコードワークやフレージングの多様化
  • 踊りの伝統的でないアクション
  • 曲中での転調(同主調や平行調への転調は昔からある)
  • 複数形式の複合
  • 伝統的なものからはずれる曲展開
  • ギターとパルマ以外の楽器が入っている

ただ、これらは「程度の問題」という主観的な要素が多く、どこからモデルノか?という明確なラインはありませんし、時間経過と共に大きく変化していきます。

例えば、ラモン・モントージャのギターなんかは当時からするととんでもないモデルノだっりするわけだし、カマロンが作った歌詞や歌のラインも、今では「カンテの基本」という捉えられ方をされることが多いのではないでしょうか。

アレンジ面でも、1970年代までは使用楽器はギターとパルマのみでしたが、今ではカホンが入ってるのは普通だし、他の楽器が入っていたとしても、特に「モデルノ」と言われることもありません。

1970年代以降、フラメンコは現在進行形で変化しているため、モデルノという表現も相対的なものでしかなく、プーロ=モデルノという構図も絶対的な意味のあるものには思えません。

ですので「モデルノ」という言葉は「その時点での斬新な表現」以上の意味は無いと思いますが、自分はフラメンコというジャンルは進化の方向性がかなりハッキリしていて、その方向性は世代が変わっても受け継がれて、今もどんどん拡張していっているところかな?という印象をもっています。

言語化が難しい部分ではありますが、今回はそのあたりの「フラメンコの進化の方向性」ということを考えてみます。

フラメンコのリズム面での進化

まずは、ギター・カンテ・バイレの全てに当てはまる傾向ですが、リズム・コンパス面での進化を考えてみましょう。

第2世代、第3世代前半くらいまでは、リズムを複雑化させるにしても、シンプルな表リズム主体のコンパスを、極限までテンポを速くして演奏するスタイルが主流でした。

それが1980年代くらいから方向性が変わってきます。

コンパスの柔軟化

現在のフラメンコの傾向として、コンパスの柔軟化があります。

例えばブレリアのコンパスは(ソレアカウントでいうと)12拍目もしくは1拍目から入って10拍目に向かうフレージングが基本ですが、この形式は昔からフレージングを前後にずらして遊ぶような傾向がありました。

1980年代以降はこういう感覚がもっと普遍化してきて、他の形式でもそういう「コンパスずらし」「コンパスまたぎ」みたいな処理が多くなってきました。

リズムパターンの複雑化

さらに細かくリズムパターンという単位で見ていくと、近年はずっと複雑化の傾向が進んでいます。

裏リズム(コントラティエンポ)は昔からフラメンコの常套句ですが、1980年代以前は表と裏両方出したり、裏ならずっと裏のみ、3連ならずっと3連、という単純なパターンが多かったのが、1990年代くらいから使用するリズムパターンが急激に複雑化してきます。

現在では、バイレ・カンテ・ギター・パルマの全員が人間のリズム感の細かさ、テンポキープ力の限界に挑む「いちジャンル全員打楽器奏者」的なことになってきていますよね。

具体的なリズムパターンの内容などは、また改めて解説しようと思いますが、現代フラメンコの普遍的な方向性としてリズムパターンの複雑化がありますので、フラメンコを習得する上では、その進化するコンパスに取り残されないよう、常にコンパス感覚を磨いていくというのが絶対条件になります。

ギターの和音の進化

次にリズム・コンパス以外に目を向けてみると、ギターの和音の使い方はかなり変化してきています。

これに上で解説したコンパスの柔軟化・複雑化が加わって、今日のフラメンコギターのフレージングが生み出されてくるわけです。

テンションコードの拡張

フラメンコギターには昔から慣用句的に使用されるテンションコードはありますが、近年はそれがさらに拡張されて、使用される音の範囲が広がっています。

それら新しい音使いには2種類あると思いますが、1つはジャズなどのテンションノートを活用する音楽からの応用です。

フラメンコギターの場合、ベーシストがいない前提で発展してきたため、ベースラインとして最低音をルートやコードトーンで出すので、実際のコードの押さえかたはジャズギターとは異なりますが、ジャズ式のテンションの発想はかなりの深度で採り入れられています。

もう1種類は、フラメンコの昔からある独自テンションの応用や、フラメンコで使うスパニッシュスケールをベースに半音ぶつかりなどを作って拡張された「フラメンコ・テンション」(自分はそう呼んでいる)です。

フラメンコ音楽論07で個別に紹介していますが、フラメンコらしく、かつ斬新な響きが得られます。

こちらもあらゆる可能性が模索され、カッコいい響きは皆が真似するので、スタンダードなものとして定着していっています。

代理コードの活用

伝統的なフラメンコでは、ミの旋法系なら4つのコード、長調短調なら3コードで完結している事がほとんどです。

これら基本コードに対して各種代理コードを当てはめることで、雰囲気を変えることができます。

代理コードに関しては、以下の記事で解説していますので、興味のあるかたはご一読下さい。

これらノンダイアトニックコード含む代理コードの活用も近年はどんどん活用法が試されて、語彙が広がりつつあります。

ちなみに、代理コードは「フラメンコ・テンション」同様、昔から使われているものも多いです。

例えば、グアヒーラのF♯7→Bm7とかポルメディオ形式でB♭の代わりにGm7を使ったり、などですね。これらはパコ・デ・ルシアがデビューする段階ですでに定着していました。

このように伝統的に使われている範囲であれば、基本的な感覚として定着しているため、何も問題はないんですが、そうではない応用的な代理コードを伴奏に使うと歌い手が嫌がるケースもあり、そこは注意が必要です。

バイレの進化傾向

次に、バイレ(踊り)の進化について考えます。

自分自身は踊りをやっているわけではないし、あまり詳しくは言えませんが、1980年代以降、モダンバレエ・ジャズダンス・タップダンス・ヒップホップなど、他ジャンルからのアイデア流入は相当の度合いであるのではないでしょうか。

バイレに関しては、カルメン・アマジャ(Carmen Amaya)からアントニオ・ガデス(Antonio Gades)くらいの段階で大きな変革があり、現代バイレの基本はそこで確立されていると思いますが、その後の第4世代の時代になると、上で書いたようなコンパスの変化があり、それに加えて異ジャンルの踊りからの積極的なアイデア導入、という方向性で進んでいるのだと感じます。

カンテの進化の方向性

次にカンテの進化についてですが、カンテに関しては、ギター・バイレと少し様相が違うように思います。

カンテの進化はギターやバイレのようにここ数十年で急激に起こったわけではなく、数百年の昔から少しずつ進行し続けている感じがします。

100年くらい前のエンリケ・エル・メジーソやアントニオ・チャコンの段階で既に十分複雑で洗練されたものでしたし。

声の出し方やアレンジの付け方、ということだと、カマロンから分かりやすく変わりましたが、ベースの部分は数百年かけて作られたもので、そこを変えるとカンテとして成立できなくなるのではないかと。

例として、少しフラメンコポップの話をしますが、凄く大雑把にいうと、フラメンコポップには下の2パターンあります。

  1. 異ジャンルのアレンジにカンテが乗っている
  2. フラメンコのアレンジに異ジャンルの歌が乗っている

このうち2.のパターンだと、歌単体でみると「カンテ」では無くなってしまいますからね。

アレンジも込みで考えたフラメンコポップの可能性は大きなものがあると思いますが、ここでは、あくまで「カンテの進化」ということでお話しています。

カンテは、ギターやバイレに比べて他ジャンルからのアイデア導入も容易では無いので、なかなか一人の天才による一足飛びの進化とはいかず、限定されたアンダルシア・ヒターノのコミュニティの中で少しずつ進化してきた歩みが、現在も継続されているような印象です。

リズムに関しては、上の「フラメンコのリズム面での進化」で書いたとおり、カンテにおいても、コンパスずらしや裏リズム増量がどんどん進みましたが。

現在、動画サイトなどが普及した時代になって、カンテは今後大きく変わっていくのか?あまり変わらないのか?興味深いところではあります。

音楽としてのアレンジ・制作方法の進化

最後に、フラメンコの「音楽」としてのアレンジや制作方法の変化について少しだけ触れておきます。

1980年代以降、フラメンコ系の音楽にも多様なアレンジが導入されるようになり、フラメンコポップ・フラメンコフュージョンといった新しいジャンルの音楽も出現してきました。

その結果として、フラメンコ周辺の音楽のアレンジや制作の方法も一般の音楽へと近づいていきました。

具体的には、音楽プロデューサーが付いたり、コード進行ベースの作曲になってきたり、バンドアレンジの必要性が出てきたり、打ち込みを使うようになったり、というような事ですね。

そして、さらに時代は進み、一般音楽のアレンジや制作方法がDTMの普及などによって変容していったのと同じように、フラメンコの音楽もまた、時代の変化に影響を受けて変わってきています。

一般の音楽ジャンルではすでに動画配信がCDにとって変わってきているし、コンテンツ制作もプロダクションが独占していたものが個人の手へ移ってきています。

フラメンコ系の音楽も、基本的にはそういう大きな流れに従って変わっていく事と思います。

――1年あまりに渡って執筆してきた「フラメンコ音楽論」ですが、ここまで、フラメンコというジャンル全体を大まかに把握していただこう、という趣旨で書いてきました。

次回からは具体的な演奏につながるテーマに移っていきたいです。

この連載の最初のほうで、コードやスケールについて少しやりましたが、またそっちの方向に戻り、今度はコンパスや奏法などにも話を広げて行きたいと思います。

今後も「フラメンコ音楽論」をよろしくお願いいたします!

フラメンコ音楽論 前回

フラメンコポップとフラメンコフュージョン【フラメンコ音楽論37】
今回のフラメンコ音楽論は、1970年代以降新しく成立したフラメンコ周辺ジャンルであるフラメンコポップ、フラメンコフュージョンに属するアーティストを紹介をします。

フラメンコ音楽論 次回

コンパス=サイクル理論【フラメンコ音楽論39】
フラメンコ音楽論は今回から新展開。これから、フラメンコを演奏する上で最も難しい部分である「コンパス」を独自の「コンパス=サイクル理論」を用いて攻略していきます。

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