昨年(2018年)末に始めた「フラメンコ音楽論」ですが、今まで下記のような内容をやってきました。
- 歴史や用語などの基礎知識
- コードや音階の考察
- 形式(パロ)の解説
形式の解説に半年以上費やしましたが、これからの展開を考えて整理してみました。
フラメンコ音楽論の今後の展開
フラメンコ音楽論、これからの展開ですが、この企画の趣旨は「楽器プレイヤーの視点からフラメンコの音楽を理解して演奏していく」ということなので、そちらの方向に段々と近付けていきたいです。
具体的には、下のような内容をやっていきたいと考えています。
- フラメンコ音楽現代史
- 音楽理論を使って、さらなる掘り下げ
- 奏法やリズム(コンパス)などのフィジカルな話
フラメンコを演奏するということ
今までやってきた内容を見てもらえばわかると思いますが、フラメンコの音楽はカンテを中心とした伝統的なものの上に成り立っていて、独自ルール、独自フレーズの塊のようなジャンルです。
また、ギターもカンテも、そしてバイレも、音の出し方とニュアンスが何よりも重要になります。
実際に我々日本人が「フラメンコをそれらしく演奏する」ということを考えると、以下の3点に集約されてくると思います。
- フラメンコのフレージングを沢山おぼえる
- コンパスに合わせて繰り返し繰り返し練習して、どう弾いてもコンパスから外れないように訓練する
- スペイン人の演奏のニュアンスや音の出し方を徹底して真似る
これらを達成するためには、結局のところ「本物を沢山聴いて、沢山練習して下さい!」という事になるのですが、この連載では、言葉で表現できる部分の解析・解説を試みたいと思います。
現代のフラメンコの成り立ちを知る
フラメンコの音楽は、他のメジャーな音楽ジャンルに比べて情報が入手しにくく、その実体がつかみづらいという事情があります。
インターネットが無かった昔に比べれば情報量は雲泥の差ですが、ネットの情報は未整理なまま溢れているので、それはそれで情報の整理が大変です。
初めてフラメンコの音楽に触れて「演奏してみよう」と思う人は、以下のようなことを知りたいのではないでしょうか。
- どういうものが主流なのか?
- 何を聴いたらいいか?
- 何をコピーすればいいか?
そこで、これからフラメンコ音楽論では「現在のフラメンコ音楽の成り立ち」と、「これは絶対に外せない」というアーティストなどの解説をしていきたいです。
最初に挙げた3つの企画のうち「フラメンコ音楽現代史」ですね。
フラメンコ音楽現代史について
さて、フラメンコ音楽現代史ですが、網羅的に細かい事までやるのは、文章量的にも自分自身の知識量的にも現実的ではないので、本当に重要なところに絞ってやろうと思います。
フラメンコ「音楽」としたのも、フラメンコの音楽部分にテーマを絞ろう、という意図です。
この「フラメンコ音楽現代史」では、この連載の最初にやった「ダイジェスト版フラメンコの歴史」よりは、かなり踏み込んだ内容になりますが、これからフラメンコの音楽を学びたい人に大きな流れを理解していただく、という趣旨でやっていきます。
ダイジェスト版「フラメンコの歴史」
もし本格的に興味を持たれたら、さらに細かいところは自分自身でインターネットで調べたり、書籍を読んだり、音源を入手して聴いてみることをお薦めいたします。
フラメンコの「現代史」はどこからか?
「フラメンコ現代史」を書くに当たって、まずは、どのあたりから「現代史」として扱うか?という問題があります。
個人的には1970年代頃のパコ・デ・ルシア(Paco de Lucia)、カマロン(Camaron)あたりからかな?と思いますが、そこに至るまでの流れを、簡潔にですがやっておきたいと思います。
第1世代
形式ごとの解説でも度々触れていますが、形式そのものの創始者として名前を連ねていた、エンリケ・エル・メジーソ(Enrique el Mellizo)、アントニオ・チャコン(Antonio Chacon)、マヌエル・トーレ(Manuel Torres)、ニーニャ・デ・ロス・ペイネス(La Niña de los Peines)、そしてギターのラモン・モントージャ(Ramon Montoya)といった世代のアーティスト達が、現代フラメンコの礎を作りました。
彼らは19世紀生まれで、1900年前後のカフェ・カンタンテ時代後期あたりから、世界大戦前後に活躍した世代です。
ここでは彼らを「第1世代」とし、それ以前は資料が極端に少なくなるため「先史時代」とします。
第2世代
現代のフラメンコの原型を作った第1世代のあとに出てきて活躍したのが、歌だとマノロ・カラコール(Manolo Caracol)、アントニオ・マイレーナ(Antonio Mairena)、ギターならニーニョ・リカルド(Niño Ricardo)、踊りはグラン・アントニオ(Gran Antonio)、そしてアメリカに渡っていたカルメン・アマジャ(Carmen Amaya)とサビーカス(Sabicas)、といった人達です。
彼らは、概ね1900年から1920年くらいに生まれた世代で、彼らが活躍するのは1930年代から1970年代が中心です。
彼らの世代をここでは「第2世代」とします。
第3世代
この次に出てくる、ギター3人衆と呼ばれるパコ・デ・ルシア、マノロ・サンルーカル(Manolo Sanlucar)、ビクトル・モンヘ・セラニート(Victor Monge “Serranito”)、歌のカマロン、エンリケ・モレンテ(Enrique Morente)、踊りのアントニオ・ガデス(Antonio Gades)などの世代を、ここでは「第3世代」とします。
彼らは1930年代から1950年代くらいの生まれで(日本で言うと団塊の世代から少し上くらい)、最も活躍したのは1970年代から1990年代ですが、未だに現役で活躍している人もいます。
この世代くらいから現代のフラメンコに直結していて「現代史」というのに相応しいと思います。
その後の現役世代を「第4世代」とします。
第1世代が活躍した時代から現在まで、既に100年以上が経過しているわけですが、この企画で現代史として扱うのは、主に第3世代からということにします。
フランコ政権の影響
ここで、スペイン固有の事情として、フランコ政権の事を意識しておくべきと思います。
第一次世界大戦後、スペインでは1930年代にスペイン内戦があり、1939年に内戦を制したフランシスコ・フランコ(Francisco Franco)が独裁政権を打ち立てます。
それ以降スペインでは、1975年にフランコが没して1978年に立憲君主制の民主主義国家として再建されるまで、フランコの独裁政権が続きました。
その間スペインでは、形だけは民主主義国家の体裁でしたが、実際は独裁圧政政権の色彩が強く、文化活動に対しても政治的な干渉がありました。
フラメンコなどの芸術表現も完全な自由があったわけではなかった、という事の影響は非常に大きいのではないでしょうか。
フラメンコに関しては、フランコ政権は保護政策的な接し方でしたので、フラメンコアーティストの待遇は悪くなかったと思いますが、あくまで伝統芸能としてのフラメンコの保護だったので、フュージョン的なものや、新しい発想のものは非常にやりにくかったものと思われます。
1970年代後半あたりが現代フラメンコの幕開け
カマロンやパコ・デ・ルシアの作品を聴くと顕著ですが、フランコ政権下の1970年代までは伝統的なラインを守っていますが、フランコ政権が倒れた後の時代になると、ベースやパーカッションを入れたりして一気に雰囲気が変わってますからね。
1970年代までのフラメンコは、良くも悪くも、フランコ政権下で「純粋培養」されてきたものなんだと思います。
伝統芸能としての純粋な部分が保持され、それがフラメンコの個性にもなっている一方、発展・広がり・変化という意味では40年の遅れをとってしまったことになります。
カルメン・アマジャとサビーカスも、そういう事を嫌ってアメリカに移住していたものと思われます。
スペインにおいては、本当の意味でアーティストの自由意思でやりたいことをやり、自由に発展させていける時代になったのは1970年代後半以降であり、本連載ではフランコ政権が倒れた1970年代を「フラメンコ現代史」の起点として設定しようと思います。
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