フラメンコ音楽論では、ここ数回に渡ってタンゴ系形式を解説してきましたが、今回はタンゴ系の中でも異色のコンパスを持つタンギージョを解説します。
タンギージョ形式概要
単数形:Tanguillo
複数形:Tanguillos
主な調性:ポルメディオ(Aスパニッシュ調)、Aメジャーキー、Aマイナーキー
テンポ:220BPMから300BPMくらい
タンギージョは形式名から分かる通り、タンゴの派生形式で、タンゴと同じくカディスが発祥の地と言われています。
タンギージョのベースとなるタンゴ形式については、こちらの記事をご覧下さい。
タンギージョの特徴は、その特異なコンパスでしょう。
伝統的なタンギージョのコンパスはタンゴを早回ししたようなものですが、もう一つ、1980年代頃から盛んに演奏されはじめた3連符を基本にしたモダンスタイルのものがあります。
モダンスタイルのタンギージョは、カマロン(Camaron de la Isla)の1983年のアルバム『Calle Real』の1曲目「Romance de la luna」が象徴的ですが、伝統的なタンゴベースのコンパスとは全く別物に聴こえるのではないでしょうか。
さらには、伝統的スタイルとモダンスタイルがミックスされたような中間的なものも存在するので、なかなか一筋縄でいかない形式なのです。
タンギージョの調性
タンギージョはタンゴからの派生なので、本来はミの旋法が主体となる形式ですが、日本でも踊りの入門形式として良く演奏される伝統的なタンギージョに、タンギージョ・デ・カディスというのがあって、これはAマイナー(あるいはポルアリーバ)とAメジャーの複合調で演奏されます。
日本ではタンギージョといえば、メジャー・マイナー複合調のタンギージョ・デ・カディスというイメージが強いかもしれませんが、ノーマルな「ミの旋法」のタンゴの歌をタンギージョで演奏する場合は、ポルメディオ(Aスパニッシュ調)を使うのが一般的です。
カポタストの位置は、タンギージョ・デ・カディスの場合も、ポルメディオの場合も同じくらいで、女性歌手なら4カポ(実音はC♯メジャーキー、C♯マイナーキー、C♯スパニッシュ調)、男性歌手なら1カポ(実音はB♭メジャーキー、B♭マイナーキー、B♭スパニッシュ調)あたりの高さになります。
タンギージョのコンパス
タンギージョのコンパスについて、まずはタンギージョ・デ・カディス含む伝統的スタイルから解説しましょう。
伝統的なタンギージョは、基本的にはタンゴを早回ししたコンパスなのですが、テンポは非常に速く、220BPMから300BPMくらいになります。
タンギージョのコンパスカウント
タンギージョのコンパスは、タンゴと同様に8拍で1コンパス、4拍がメディオコンパスで、4拍目・8拍目にアクセントが来るのが特徴です。
1 2 3 ④ 5 6 7 ⑧
※○が付いた数字がアクセント拍
4拍目・8拍目ほど強くありませんが、2拍目・6拍目にもアクセントが付くこともあり、その場合は完全にタンゴの早回しという感じになります。
1 ② 3 ④ 5 ⑥ 7 ⑧
タンゴとの最大の違いはジャマーダの終止拍です。
他のタンゴ系は、通常7拍目で終止しますが、タンギージョの場合、7拍目で終止する場合もありますが、5拍目(メディオコンパスの頭)で止まるパターンのほうが多いのです。
参考までに、タンギージョ・デ・カディスのジャマーダは2コンパスのパターンで以下のように弾きます。1小節4拍=半コンパス、1行で1コンパスです。
|D|A|
|E7|A(5拍目で終止)|
伝統的なタンギージョのリズムパターン
タンギージョ・デ・カディスをはじめとした伝統的なタンギージョのリズムパターンは、タラントやガロティンなどの北部起源系のコンパスのような「4分音符1つ+8分音符2つ」という音型を速いテンポで演奏したリズムがベースとなり、4拍目にアクセントが付きます。譜面に書くと以下の通り。
タンギージョの譜面表記について
ここで、タンギージョの譜面表記について触れておきましょう。
タンギージョはテンポが非常に速いので、譜面に書く場合、本来のテンポの半速で記載(音符の細かさは倍になる)したほうが譜面がスッキリする、という事情があって半速での記載が主流になっています。
このあたりもタンギージョのコンパスを分かりにくくしているポイントでしょうか。
例えば、240BPMのタンギージョの基本の音型を譜面に書くと「4分音符1つ+8分音符2つ」という音符になりますが、半速記載の譜面ではテンポが半分の120BPMになり「8分音符1つ+16分音符2つ」になります。
以降の解説では、半速の譜面表記を基準にお話しますので、その点を留意しておいて下さい。
3連符への変化
ティエントを解説したときに「粘るリズム」について書きましたが、タンギージョもリズムを粘らせて演奏することが多く、タンギージョの場合は2拍3連符に接近します。譜面に書くと以下の通りです。
4分音符1つ+8分音符2つ→2拍3連符に接近
同じ音型を半速で記譜すると下のようになります。
8分音符1つ+16分音符2つ→3連符に接近
ただ、タンギージョの場合、曲全体を粘った音型(3連符)で演奏することもあれば、部分的に粘ったり正テンポ(8分音符+16分音符2つ)になったりする場合もあり、音符の粘り具合も、正テンポと3連符の中間的な微妙な音型になったりと、かなりアバウトなので、現在の打楽器を入れたりするアレンジでは使い所が難しいリズムなのです。
そこで、この粘ったリズムをキッチリした3連符に固定して新しいノリを追及したものとして、以下に解説するモダンスタイルのタンギージョが誕生したものと思われます。
モダンスタイルのタンギージョ
曲全体を2拍3連符・3連符ベースで演奏されるモダンスタイルのタンギージョは、普通に聴くと6/8拍子、もしくは3拍子系のリズムに聴こえるのではないでしょうか。
これらは、同じ音型を違う記譜方法で書いたものですが、左から、①3連符の2拍子、②6/8拍子、③8分音符の3/4拍子、となります。
③の3/4拍子で感じるとソレア・ポル・ブレリアとかアレグリアスみたいに聴こえますが、このリズムは①3連符の2拍子、もしくは②6/8拍子で捉えたほうが本来の2拍子系のサイクルを実感しやすいでしょう。
以下に、タンギージョの基本コンパスを一般的に良く使われる記譜法で書いてみますが、モダンスタイルのタンギージョの場合は、3連符の4拍子(または2拍子)と6/8拍子の2通り記譜法があることを知っておいてください。
譜面の下にタンゴを基準としたカウントを書きますが、偶数カウントは3連符の間に入ってしまうため書いていません。●はアクセント拍です。
3連符の4拍子(または2拍子)
|1 ○ ○|3 ● ○|5 ○ ○|7 ● ○|
タンギージョを3連符でとらえる場合は、普通は半速表記の記譜を使います。本来のテンポで書くなら、2拍3連符になりますが、それだと譜面が読みにくくなるためです。
4/4拍子の場合は1小節で1コンパス、タンゴの8拍相当です。
2/4拍子で書いても構いませんが、その場合は1小節で半コンパス(タンゴの4拍相当)になります。
6/8拍子
|1 ○ ◯|3 ● ◯|5 ○ ◯|7 ● ◯|
6/8拍子の場合は1小節で半コンパス(タンゴの4拍相当)、2小節で1コンパス(タンゴの8拍相当)になります。
上記の2つは全く同一のリズムを記譜法を変えて書いているだけで、実運用上どちらの記譜法を使っても構いません。
タンギージョのコードワーク
タンギージョのコードワークはタンゴに準じますが、タンゴ・デ・トリアーナやタンゴ・デ・マラガと同様に、①メジャーキー②マイナーキー③ミの旋法と、3つの可能性があることに注意してください。
下は調性別のタンギージョのマルカールパターンです。1小節で半コンパス、良く演奏されるA音をルートにしたキーで書きますが、他のキーでも演奏されます。
Aメジャーキー(タンギージョ・デ・カディスの主調)
|E7|A|
Aマイナーキー(タンゴ・デ・マラガ等と同様)
|E7|Am|
ポルメディオ(一般的なタンゴと同様)
|B♭|A|
なお、タンギージョのマルカールは、倍のサイズ(2コンパスで一回り)で演奏される事もあります。
タンギージョの歌のコード進行
タンギージョの歌のコード進行は、ポルメディオの歌ならタンゴ・デ・カディスなどがベースになるし、メジャーキー/マイナーキーの歌ならタンゴ・デ・トリアーナやタンゴ・デ・マラガに似た展開をしますが、テンポが倍くらい違うので、多くの場合、コード回りは倍のサイズとなる事に注意してください。
つまり、タンゴでは1コンパスで歌っていたフレーズを、タンギージョでは2コンパスかけて歌うような感じになるわけですが。
ここでは、コード進行が決まっていて踊りの伴奏でも演奏の機会が多い、伝統的なタンギージョ・デ・カディスのコード進行をご紹介します。書式は以下の通り。
- 4拍子(1小節4拍=半コンパス)で記載
- 1行で2コンパス(16拍)
- 複数の可能性があるコードは「,」で区切って記載
- キーはAマイナーで記載
- 半コンパス(4拍)単位でサイズが変わる事がある
Aメロ(Aマイナー)
|Am|Am|G|F|
|E7|E7|E7|F|
|E7|E7|E7|E7|
|A|A|
Bメロ(Aメジャー)
|A|A|E7|E7|
|E7|E7|A|A|
|A|A7|D|D|
|A|A|E7|E7|
Cメロ(Aマイナー)
|Dm|Dm|Am|Am|
|G|F|E7|E7|
|Dm|Dm|Am|Am|
|G|F|E7|E7|
Dメロ(Aメジャー)
|A|A|A|E7|
|E7|E7|E7|A|
|A|A|A7|D|D|
エストリビージョ
|D|A|E7|A|
|D|A|E7|A|
|D|A|E7|A|
ディグリー(度数)表記版
Aメロ(Aマイナー)
|Ⅰm|Ⅰm|♭Ⅶ|♭Ⅵ|
|Ⅴ7|Ⅴ7|Ⅴ7|Ⅴ7,♭Ⅵ|
|Ⅴ7|Ⅴ7|Ⅴ7|Ⅴ7|
|Ⅰ|Ⅰ|
Bメロ(Aメジャー)
|Ⅰ|Ⅰ|Ⅴ7|Ⅴ7|
|Ⅴ7|Ⅴ7|Ⅰ|Ⅰ|
|Ⅰ|Ⅰ7|Ⅳ|Ⅳ|
|Ⅰ|Ⅰ|Ⅴ7|Ⅴ7|
Cメロ(Aマイナー)
|Ⅳm|Ⅳm|Ⅰm|Ⅰm|
|♭Ⅶ|♭Ⅵ|Ⅴ7|Ⅴ7|
|Ⅳm|Ⅳm|Ⅰm|Ⅰm|
|♭Ⅶ|♭Ⅵ|Ⅴ7|Ⅴ7|
Dメロ(Aメジャー)
|Ⅰ|Ⅰ|Ⅰ|Ⅴ7|
|Ⅴ7|Ⅴ7|Ⅴ7|Ⅰ|
|Ⅰ|Ⅰ|Ⅰ7|Ⅳ|
エストリビージョ
|Ⅳ|Ⅰ|Ⅴ7|Ⅰ|
|Ⅳ|Ⅰ|Ⅴ7|Ⅰ|
|Ⅳ|Ⅰ|Ⅴ7|Ⅰ|
サパテアード形式について
単数形:Zapateado
複数形:Zapateados
ここからは補足となりますが、タンギージョと類似したコンパスを持つ形式として、サパテアードを紹介しておきましょう。
サパテアードは、同名のカディスの民族舞踊がフラメンコ化したものですが、元ネタとなった民族舞踊が6/8拍子のリズムを持っており、モダンスタイルのタンギージョはサパテアードからの影響があって、ああいうリズムになったという説が有力です。
サパテアード形式には普通、歌は入りません。
サパテアードという言葉は、フラメンコでは踊りの足音の事を意味していて、元々は踊りの足技とギターの掛け合いで成立した形式ということですが、現在は主にギターソロで演奏されていて、アルペジオや音階を駆使して均等なリズムで切れ目なく弾いていくのが特徴です。
コンパスの構造的にはタンギージョとほぼ同様で、音型は「8分音符1つ+16分音符2つ」または「3連符」の両方が使用されますが、アクセントについては、タンギージョほど強弱感が無いように思います。
――次回からは、タンゴ系以外の2拍子系形式を取り上げていきます。
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