日本のフラメンコ業界【フラメンコ音楽論48】

今、フラメンコ音楽論では「日本人としてのフラメンコへの取り組み」というテーマで執筆中ですが、話題が広範囲に渡ってきましたので、テーマの焦点が分かりにくくなっているかもしれません。

ここで今一度、今のテーマの趣旨を要約すると「日本とスペインの環境の違いや、フラメンコの演奏内容の違いを分析し、日本のフラメンコの良いところを伸ばしながら発展させていけるよう、環境・実技の両面を考察する」という目的をもって書いています。

前回は「情報の重要性」という観点から、インターネットテクノロジー(IT)の影響という事を考え、フラメンコ業界周辺の未来像まで予想してみました。

今回は、もう少しミクロな視点に立って、リアルな日本のフラメンコの環境面、プロ・アマひっくるめた日本のフラメンコ業界の現状という事を考えてみます。

自分とフラメンコの業界の関わり

フラメンコをやっている日本人をとりまく業界環境というのは、自分自身にとっても切実な問題です。

自分は1990年頃にフラメンコギターを始めて、1994年頃からセミプロ活動をしてフラメンコ業界との関わりを持ち始めました。

その後スペインに留学、帰国後の1998年頃から10年間ほどプロ活動をしていました。

しかし、諸事情あって2009年から2018年の9年間ほどフラメンコ業界からフェードアウトしていて、その間にほとんどの仕事と業界との繋がりを失ってしまったのです。

そのため、2018年からギタリストとしての活動を再起動させようとした時も、どう動いたら良いか分からず、とりあえず独力で広げて行けるインターネット活動から始めることにしました。

その後、ライブ活動を再開した矢先の2020年からはコロナ禍に見舞われて、現在も暗中模索している最中です。

2018年からの活動再開後に自分が具体的にどう考え、どう動いているのか?は3か月に1回「近況と活動方針」の記事で書いていますが、今はコロナ禍によって今後どう変化していくのか?という事も見通しが難しい現状ですので、当面は模索が続くのかもしれません。

近況と活動方針の記事一覧

今回の記事では、そういう自分自身の実体験や思考に基づいて日本のフラメンコ業界の現状分析をし、その中で「個人はどう動いて行ったら良いのか?」という事を考えてみます。

バイレ・カンテ・ギターの人口比率

スペインと日本のフラメンコの違いを考えたとき、バイレ(踊り)・カンテ(歌)・ギターの人口比率の違いや、それに起因する業界構造の違いが、活動環境と、そこからアウトプットされるものの差を生み出す一因になっていると感じます。

スペインではバイレ人口に対して、カンテ・ギターの人口もそれなりにいて層が厚いので、フラメンコの音楽面が充実しています。

スペインでは、パコ・デ・ルシアやカマロンは国民的英雄扱いだし、歌手やギタリストにも一般(フラメンコをやっていない人)のファンが多くいて、踊りが入らないライブでも踊りのライブに劣らない動員があります。

日本ではフラメンコ人口5万人と言われていますが、その80%以上がバイレで、カンテは10%から15%程度、ギターに至っては5%未満(ということは、プロ・アマ合わせても2000人程度?)という推計があるように、カンテ・ギターの層が薄く、音楽面の弱さが気になるところです。

では、なぜそうなっているのか?ということも含めて、バイレ・カンテ・ギター、三者それぞれの事情を分析してみましょう。

日本のバイレ事情

まずは、日本のバイレ事情についてお話します。

前述の通り、日本のフラメンコ人口の大半を占めるのがバイレのアーティストや練習生です。

この事に関連しますが、もう一つ特徴的なのが日本のフラメンコ人口の男女比率でしょうか。

スペインでは、元々フラメンコというものは、どちらかというと保守的な「男の世界」と捉えられていて、とくにカンテとギターは男性比率が高いです。

スペイン国内のバイレ人口は、プロの踊り手に関しては、男女半々くらいか、女性がやや多いくらいかと思われますが、練習生は女性のほうが多いので、バイレ全体の女性比率は高くなります。それでも男性:女性は3:7くらいかと。

そして、カンテとギターを入れたスペインのフラメンコ人口全体では男女比5:5くらいの印象です。

それに対して、日本の場合はバイレをやっている人の9割以上が女性です。

しかもバイレ人口は日本の全フラメンコ人口の8割以上を占めているし、カンテも女性の踊り手が転向するパターンが多いので、日本のフラメンコ人口の8割から9割は女性ということになります。

こうなっているのは、日本ではフラメンコの踊りが、バレエや日本舞踊などと同様に「女性向けの習い事」という捉え方をされてきた、という事が大きいのではないでしょうか?

日本のフラメンコ人口がここまで増えた最大の要因として「習い事に熱心な女性(とその親)が多い日本の風土」というのがあると思います。

実際に日本のフラメンコ業界は経済的にも動員数的にも、女性のコミュニティを母体としたバイレの教室活動を中心に回っていて、それなくしては現在の人口と経済規模はとても維持できないでしょう。

ただ「フラメンコ舞踊=女性の習い事」という先入観から、男性が興味を持ちにくい、馴染みにくい、という面があり、結果として男性舞踊手は少数しかいません。

日本ではこんな背景があるため、男性舞踊手は女性舞踊手に比べて教室もライブも独力での集客が難しく、プロがなかなか増えていかないという悪循環もあるように思います。

単純に考えると「全人口の半数いる男性を、もっと取り込むべき!」となるんでしょうけど、フラメンコという本来マニアックなものが、日本の場合、女性の習い事熱のおかげで人口が大幅に底上げされてきた、と見ることもできますよね。

このへんは日本の社会構造(男は習い事とかせずに仕事しろ!みたいな)とも深く関わってくるので、簡単には解決できない問題かもしれません。

踊り手の活動

日本では「バイレでプロになる」ということは「教室の先生になる」という事とほぼイコールであり、多くの場合、①練習生→②代教・アシスタント→③独立して教室を運営、というプロセスを経て「プロの踊り手」ということになります。

プロとしてやっていくには、教室の維持と発展が絶対条件なので、生徒の増加とモチベーション高揚のために「発表会」は重要なイベントになっていて、発表会の伴奏需要は日本で活動するギタリストや歌い手の収入の大きな部分を占めています。

タブラオなどでのライブも、自分の生徒や、将来生徒になるかも知れない層に向けたデモンストレーション的な側面があって、集客もバイレ出演者が運営・所属する教室の関係者がメインとなり、そのあたりが一般の音楽ライブやスペインのフラメンコライブとは少し様子が異なるところです。

これは、日本ではフラメンコ愛好家の絶対数が少ないので、フラメンコに興味を持った人を単なる聴衆・ファンにとどめず、教室に通ってもらえるように取り込んでいかないと業界として回っていかない、という事情もあると思います。

日本では人口比率・経済面でバイレ中心

日本のバイレに関しては、男性舞踊手が少ないという問題はありますが、人もそれなりに集まるし、スタジオやタブラオなどの環境も整ってきているし、「日本式」で、それなりに上手く回っているのかな?と思います。

一方で、日本で活動するカンテやギターの人は、日本全国にあるそういう踊りの教室から依頼を受けての伴奏収入が主な収入源となっている上(少数ながら、自分の教室や演奏活動が主な収入源という方もいらっしゃいますが)、自身が出演したり企画したりするライブの動員、さらにはCDの売り上げなども、出入り先のバイレ教室関係者によって支えられている部分が大きい、という現状があります。

誤解を恐れずに言うと、日本ではギターやカンテはただでさえ人数が少ない上に、そういう経済的な事情もあって、どうしてもバイレ中心、というか、教室伴奏中心の価値観に寄っていくため、音楽としてのフラメンコが育ちにくいという側面があるように思います。

教室伴奏は日本のフラメンコシーンの裾野を支える重要な仕事だし、教室伴奏のためのスキルもプロとしては非常に大事なものです。

ですが、ギタリスト・歌い手の活動として教室伴奏と発表会だけに終始していたら、ギタリスト・歌い手本人につくファンもなかなか増えないし、フラメンコを知らない音楽ファンにアピールして取り込んでいくことも難しいのではないでしょうか。

こういう問題を解消していくには、業界構造の問題もありますが、まずはギター・カンテを担う邦人アーティストの頑張りによって、国内のギター・カンテの人口増加、さらにはフラメンコを聴く音楽ファンの増加、という事にかかってくると思います。

また、そうすることで業界構造も徐々に変化していくと考えます。

次のカンテとギターの章では、そのあたりを中心に書いてみようと思います。

日本のカンテ事情

次は、日本のカンテ事情についてお話します。

自分がフラメンコを始めた頃(1990年代前半)は、カンテを歌える人が全然居なかったため、歌い手の調達に非常に苦労しました。

とくに自分がやっていたような地方の舞台の仕事などでは、踊り手さんにカタカナでフリガナをふって簡単なカンテを覚えてもらって、交代で歌ってもらい、形だけはなんとかやっているような状況でした。

それが、1990年代中頃から学生フラメンコを中心にカンテ人口が一気に増えて、踊りのライブでは必ずカンテが入る、というのが標準になっていったように思います。

それからもカンテ人口は増え続けて、今はギターを追い抜いて全フラメンコ人口の10%から15%程度いるのではないでしょうか。

そして、前述の通り日本人の歌い手は女性の比率が高いです。

バイレの人が必要に迫られてカンテを兼務しているうちにカンテに転向、というパターンが多いためかと。

それでもバイレに比べたら男性もそこそこ居て、男性歌手の場合はギターや他ジャンルの歌手からの転向が多く、弾き語りをやる人も多いですね。

カンテにはスペイン語という大きな壁はありますが、道具も要らないし、最初はギターよりも取っつきやすいのかも知れません。

ただし、カンテはある程度のレベル以上になると、バイレ・ギターと比べてもスペイン人との差が重くのしかかる分野なので、そこからさらにオリジナルなものを、というのはかなり敷居の高い事なんだと思います。

歌い手の活動

日本でカンテのプロになるには?ということを考えると、需給の関係から踊り伴唱の仕事は比較的得やすいと思います。

ただ、カンテはバイレのように生徒を沢山増やして教室運営というのもなかなか難しいし、ギターのように日常的なクラス伴奏などもないため、収入を安定させるのが難しいのが実情と思います。

そして、現実問題として例えば自分の歌をメインにしたライブ等の集客はかなり大変だと思います。

これは、スペイン以外の国(日本も含む)ではカンテを日常的に音楽として聴くような層がほとんど居ないためです。

ギターのCDはまだしも、カンテのCDを買うのは、ほぼフラメンコ関係者しかいないのが現状ですし。

カンテのポップ化

日常的にカンテを聴いてくれる聴衆を増やして行くためには、歌のCDを出したり、歌主体のライブをやったり、今ならYouTubeでMVを配信したりして地道にPRして行く、ということになりますが、「カンテのポップ化」は一つの鍵になると思います。

日本におけるフラメンコのポップ化というテーマについてはこちらの記事で考察していますので、是非ご一読ください。

日本のフラメンコギター事情

最後に日本のフラメンコギター事情についてお話したいと思います。

日本のバイレ・カンテは女性比率が高いということを書きましたが、フラメンコギターだけは昔から一貫して男の世界です。男性比率が95%以上と思われ、これはスペインも日本も変わりません。

クラシックギターは女流も多いのに、何故フラメンコギターは男ばかりなのでしょうか?

これは自分もよく分からないのですが、スペインでは伝統的にギタリストが場を仕切ってギャラの分配などをしていて、フラメンコ発展期(20世紀初頭からフランコ政権時代)のスペインは男性社会だったため、女性にその役割をさせず、女性のギタリストが居なくなった、という説もあるようです。

現在の日本の場合を考えると、クラシックギターは「習い事」として定着しているため、習い事に熱心な女性や、その親の選択肢になりやすいけれど、フラメンコはそうではない、というのは結構大きそうですよね。

また、「習い事」として定着していないために、日本含めたスペイン以外の国では、フラメンコギターを大人になってから始める人が多く、これもスペイン人ギタリストとの差を生んでいる大きな要因と思われます。

ちなみに、スペインでも「フラメンコギター=子供の習い事」という感覚は希薄ですが、親がフラメンコをやっていたり、幼い頃からフラメンコギターに触れる機会が多いので、結果としてギターを始める年齢も低くなるわけです。

フラメンコギターの敷居の高さ

フラメンコギターは奏法やコンパス、伴奏のルールなど、演奏上最も基礎的な部分からして特殊なものが多く、最低限の演奏が出来るようになるまでの敷居が高いと思います。

自分が人に教えてきた実感としては、フラメンコギターに興味を持つ人は相当数いるものの、敷居の高さゆえに、それをモノにするまでモチベーションを持ち続けられる人が少なく、結果、フラメンコギタリストがなかなか増えていきません。

奏法に興味を持つ人は多いですが、コンパスや伴奏の話になると、そこまで興味を持続できないというか。

ソロ奏者と伴奏者の分断

日本のフラメンコギターシーンには、もう一つ大きな問題があります。

ただでさえフラメンコギター人口は少ないのに、ソロをやる人と伴奏をやる人が分断しがちで、そのことで層の薄さに拍車がかかってしまっている、という事です。

ソロをやる人はクラシックギターの延長線上のような形で「曲」として楽譜でソロ曲をおぼえて弾く、ということしかやらなかったりするし、伴奏をやる人は完全に職業的になってしまって、失敗しない裏方的な演奏に終始する、そんな傾向はあります。

ちなみに、一定水準以上のギタリストの場合「ソロも伴奏も両方できるけれど、どちらかに専念している」という場合が多いのですが、まず、その水準に達するのが並大抵の難易度ではありません。

ギタリストの活動

実際にフラメンコギターでプロ活動する、ということを考えると、カンテと同様に踊り伴奏が最も現実的な道ではないでしょうか。

ギターの場合は本番の仕事以外に、クラス伴奏などの日常的な仕事もありますし。

ただ、ギターもカンテも、最近は伴奏需要が飽和しつつあり、在日スペイン人アーティストも増えてきている現状で、新規でプロとして参入して安定した収入を得ていく、というのは以前より難しくなっているように感じます。

かといって、踊り伴奏から離れて音楽として演奏して収入を得ていく、というのがさらに難しいのはカンテと同様ですよね。

現状では、歌い手とギタリストは踊り伴奏の仕事をしつつ、自立した活動もしていく、というのが理想的なのではないでしょうか?

伴奏から離れてしまうとフラメンコ奏者として勘が鈍りそうだし、一方で自立した活動をして自分自身についてくれるリスナーを増やしていかないと自身の活動も、そして日本のフラメンコ音楽シーン全体も先細りになってしまいそうだし、なかなかバランスが難しいところだと思います。

――今回は、日本のフラメンコ業界の構造分析と、それに対する自分なりの考えを書いてみましたが、これは自分自身が「ギタリストとして、この世界でどう生きていったら良いか?」という思考から生まれてきた記事です。

日本人のフラメンコの同志が活動していく上で、何かしらのヒントになれば幸いです。

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