日本のフラメンコの業界的な話【フラメンコ音楽論49】

今、フラメンコ音楽論では『日本人としてのフラメンコへの取り組み』というテーマで執筆中ですが、話題が広範囲に渡ってきましたので、テーマの焦点が分かりづらくなっているかもしれません。

ここでもう一度、今のテーマの趣旨を要約すると『日本とスペインの環境の違いや、フラメンコの演奏内容の違いを分析し、日本のフラメンコの良いところを伸ばしながら発展させていけるよう、環境・実技の両面を考察する』という目的をもって書いています。

前回は『情報の重要性』という観点から、インターネットテクノロジーの影響という事を考え、フラメンコや音楽の世界の未来像まで予想してみました。

今回は、もう少しミクロな視点に立って、プロ・アマひっくるめた日本のフラメンコ業界の現状と、業界構造からくる影響、その中で個人はどう活動していったら良いのか?という事を考えてみます。

自分とフラメンコの業界の関わり

フラメンコをやっている日本人が、実際に日本のフラメンコ界の中でどう動いていったら良いのか?というのは自分自身にとっても切実な問題です。

自分は1990年頃にフラメンコギターを始めました。
1994年頃からセミプロ活動をてフラメンコ業界との関わりを持ち始めました。
スペインに留学後、1998年頃から地元の静岡で本格的にプロ活動を始めて、2003年からは東京に移って活動し、フラメンコの業界内での知り合いも増えていきました。

しかし、2009年~2018年の間、諸事情あってフラメンコ業界からフェードアウトしていて、その間にほとんどの仕事と、業界との繋がりを失ってしまいました。

そのため、2018~2019年にギタリストとしての活動を再起動させようとした時も、どう動いたら良いか分からず、そうこうしているうちにコロナ禍に見舞われて、現在も暗中模索している最中だからです。

ブログやYouTubeの活動は、模索の中で導き出した一つの答えでもあります。

活動再開後に、自分が具体的にどう考え、どう動いているのか?は3ヶ月に1回『近況と活動方針』の記事で書いていますが、今はコロナ禍によって今後どう変化していくのか?も見通しが難しい現状ですので、当面は模索が続くのかもしれません。

近況と活動方針の記事一覧

近況と活動方針
3か月に一度、ギタリスト活動全体全般について、近況・活動方針・考えている事などを書いています。

日本でフラメンコをやっている人、と言っても、立場や環境、考え方も人それぞれですよね。

どの考え方が正しいのか?という事は、立場が違う人同士で議論しても無意味と思いますが、考え方やプロセスはともかく、結果として、それぞれの芸が磨かれ、より良い環境で活動出来るようになれば、それが一番です。

今回の内容に関しては、主にギタリストとしての視点で書きますが、あくまで個人ブログに書く個人的な見解ですので、その点だけご承知おき下さい。

バイレ・カンテ・ギターの人口比率

スペインと日本のフラメンコの違いを考えたとき、バイレ(踊り)・カンテ(歌)・ギターの人口比率の違いや、それに起因する業界構造の違いが、活動環境と、そこからアウトプットされるものの差を生み出す一因になっていると感じます。

スペインではバイレ人口に対して、カンテ・ギターの人口もそれなりにいて層が厚いので、フラメンコの音楽面が充実しています。

スペインでは、パコ・デ・ルシアやカマロンは国民的英雄扱いだし、歌手やギタリストにも一般人(フラメンコをやってない人)のファンが多くいて、踊りが入らないライブでも踊りのライブに劣らない動員があります。

日本ではフラメンコ人口5万人と言われていますが、その80%以上がバイレで、カンテは10~15%程度、ギターに至っては5%未満(ということは、プロ・アマ合わせても2000人程度?)という推計があり、カンテ・ギターの層が薄く、バランスがとれていません。

では、なぜそうなっているのか?ということも含めて、バイレ・カンテ・ギター、三者それぞれの事情を分析してみます。

日本のバイレ事情

前述の通り、日本のフラメンコ人口の大半を占めるのがバイレのアーティストや練習生です。

この事に関連しますが、もう一つ特徴的なのが日本のフラメンコ人口の男女比率でしょうか。

スペインでは、元々フラメンコというものは、どちらかというと保守的な『男の世界』と捉えられていて、とくにカンテとギターは男性比率が高く、人数も多いです。

スペイン国内のバイレ人口は、プロの踊り手に関しては、男女半々くらいか、女性がやや多いくらいかと思われますが、練習生は女性のほうが多いので、バイレ全体の女性比率は高くなります。それでも男性:女性は3:7くらいかと。

そして、カンテとギターを入れたスペインのフラメンコ人口全体では男女比5:5くらいの印象です。

それに対して、日本の場合はバイレをやっている人の9割以上が女性です。

しかもバイレ人口は日本の全フラメンコ人口の8割以上を占めているし、カンテも女性の踊り手が転向するパターンが多いので、日本のフラメンコ人口の8~9割は女性ということになります。

こうなっているのは、日本ではフラメンコの踊りが、バレエや日本舞踊などと同様に『女性向けの習い事』という捉え方をされてきた、というのが大きいのではないでしょうか?

日本のフラメンコ人口がここまで増えた最大の要因として『習い事に熱心な女性(とその親)が多い日本の風土』というのがあると思います。

実際に日本のフラメンコ業界は経済的にも動員数的にも、女性のコミュニティを母体としたバイレの教室活動を中心に回っていて、それなくしては現在の人口と経済規模はとても維持できないでしょう。

ただ『フラメンコ舞踊=女性の習い事』という先入観から、男性が興味を持ちにくい、馴染みにくい、という面があり、結果として男性舞踊手は少数しかいません。

日本ではこんな背景があるため、男性舞踊手は女性舞踊手に比べて教室もライブも、独力での集客が難しく、プロがなかなか増えないという悪循環もあるように思います。

単純に考えると『全人口の半数いる男性を、もっと取り込むべき!』となるんでしょうけど、フラメンコという本来マニアックなものが、日本の場合、女性の習い事熱のおかげで人口が大幅に底上げされてきた、と見ることもできますよね。

このへんは日本の社会構造(男は習い事とかせずに仕事しろ!みたいな)とも深く関わってくるので、簡単には解決できない問題かもしれません。

踊り手の活動

日本では『バイレでプロになる』ということは『教室の先生になる』という事とほぼイコールであり、多くの場合、練習生→代教・アシスタント→独立して教室を運営、というプロセスを経て『プロの踊り手』ということになります。

プロとしてやっていくには、教室の維持と発展が絶対条件なので、生徒の増加とモチベーション高揚のために『発表会』は重要なイベントになっていて、発表会の伴奏需要は、日本で活動するギタリストや歌い手の収入の大きな部分を占めています。

タブラオなどでのライブも、自分の生徒や、将来生徒になるかも知れない層に向けたデモンストレーション的な側面があって、集客もバイレ出演者が運営・所属する教室の関係者がメインとなり、そのあたりが一般の音楽ライブやスペインのフラメンコライブとは少し様子が異なるところです。

これは、日本ではフラメンコ愛好家の絶対数が少ないので、フラメンコに興味を持った人を単なる聴衆・ファンにとどめず、教室に通ってもらえるように取り込んでいかないと、業界として回っていかない、という事情もあると思います。

日本では人口比率・経済面でバイレ中心

自分は、日本のバイレに関しては、男性舞踊手が少ないという問題はありますが、人もそれなりに集まるし、スタジオやタブラオなどの環境も整ってきているし、『日本式』で、それなりに上手く回っているのかな?と思っています。

一方で、日本で活動するカンテやギターの人は、日本全国にあるそういう踊りの教室から依頼を受けての伴奏収入が主な収入源となっている上(自分の教室や演奏活動が主な収入源という人もいますが)、自身が出演したり企画したりするライブの動員、さらにはCDの売り上げなども、出入り先のバイレ教室関係者によって支えられている部分が大きい、という現状があります。

誤解を恐れずに言うと、日本では、ギターやカンテはただでさえ人数が少ない上に、そういう経済的な事情もあって、どうしてもバイレ中心、というか、教室伴奏中心の価値観に寄っていくため、音楽としてのフラメンコが育ちにくいという側面があるように思います。

教室伴奏は日本のフラメンコシーンの裾野を支える重要な仕事だし、教室伴奏のためのスキルも、プロとしては非常に大事なものです。

ですが、ギタリスト・歌い手の活動として教室伴奏と発表会だけに終始していたら、ギタリスト・歌い手本人につくファンもなかなか増えないし、フラメンコを知らない音楽ファンにアピールして取り込んでいくことも難しいのではないでしょうか。

こういう問題を解消していくには、業界構造の問題もありますが、まずはギター・カンテを担う現役邦人アーティストの頑張りによって、国内のギター・カンテの人口増加、さらにはフラメンコを聴く音楽ファンの増加、という事にかかってくると思います。また、そうすることで業界構造も徐々に変化していくと考えます。

次のカンテとギターの章では、そのあたりを中心に書いてみようと思います。

日本のカンテ事情

自分がフラメンコを始めた頃(1990年代前半)は、カンテを歌える人が全然居なくて、自分がやっていたような地方の舞台の仕事などでは、踊り手さんにカタカナでフリガナをふって簡単なカンテを覚えてもらって、交代で歌ってもらい、形だけはなんとかやっているような状況でしたが、1990年代中頃から学生フラメンコを中心にカンテ人口が一気に増えて、踊りのライブでは必ずカンテが入る、というのが標準になっていきました。

それからもカンテ人口は増え続けて、今はギターを追い抜いて全フラメンコ人口の10~15%程度いると推測されます。

そして、前述の通り日本人の歌い手は女性の比率が高いです。
バイレの人が必要に迫られてカンテを兼務しているうちにカンテに転向、というパターンが多いためです。

それでもバイレに比べたら男性もそこそこ居て、男性歌手の場合はギターや他ジャンルの歌手からの転向が多く、弾き語りをやる人も多いですね。

カンテにはスペイン語という大きな壁はありますが、道具も要らないし、最初はギターよりも取っつきやすいというのはあると思います。

ただし、カンテはある程度のレベル以上になると、バイレ・ギターと比べてもスペイン人との差が重くのしかかる分野なので、そこからさらにオリジナルなものを、というのはかなり敷居の高い事なんだと思います。

歌い手の活動

日本でカンテのプロになるには?ということを考えると、需給の関係から踊り伴唱の仕事は比較的得やすいと思います。

ただ、カンテはバイレのように生徒を沢山増やして教室運営というのもなかなか難しいし、ギターのように日常的なクラス伴奏などもないため、収入を安定させるのが難しいのが実情と思います。

あとは現実問題として、踊り伴唱から離れて、例えば自分の歌をメインにしたライブなどの集客はかなり大変だと思います。

日本だけでなく、スペイン以外の国ではカンテを音楽として聴くような層がほとんど居ないからです。ギターのCDはまだしも、カンテのCDを買うのは、ほぼフラメンコ関係者しかいないのが現状です。

カンテのポップ化

カンテを音楽として聴いてくれる聴衆を増やしていくには、歌のCDを出したり、歌主体のライブをやったり、今ならYouTubeでMVを配信したり、そういう活動で地道にPRしていくことになりますが、カンテのポップ化は一つの鍵になると思います。

ただ、カンテのポップ化も簡単なことではなく、カンテそのものとは別のスキルが要求されるし(作詞作曲とか、アレンジセンスとか、DTMの知識とか、マネージメント力とか)、ポップソングとして成立させるには、むしろ普通にポップスをやるより高度なセンス・独自性が必要に思います。

フラメンコのポップ化は、スペインでは40年くらい前から進行中ですが、日本では未だ黎明期にある分野です。

この分野は、自分も非常に興味があって過去に取り組んできましたが、そういう意欲をもったギタリストも結構いると思うので、ポップ化に興味のあるカンテの人は、そういうギタリストと協力したり、とにかく色んな人材・才能を取り込みながらやっていくのが良いのではないでしょうか。

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日本のフラメンコギター事情

日本のバイレ・カンテは女性比率が高いということを書きましたが、フラメンコギターだけは昔から一貫して男の世界です。男性比率が95%以上と思われ、これはスペインも日本も変わりません。

クラシックは女流も多いのに、何故フラメンコギターは男ばかりなのか?は、自分もよくわからないのですが、スペインでは伝統的にギタリストが場を仕切ってギャラの分配などをしていて、フラメンコ発展期(20世紀初頭~フランコ政権時代)のスペインは男性社会だったため、女性にその役割をさせず、女性のギタリストが居なくなった、という説もあるようです。

現在の日本の場合を考えると、例えばクラシックギターは『習い事』として定着しているため、習い事に熱心な女性や、その親の選択肢になりやすいけれど、フラメンコはそうではない、というのは結構大きそうです。

また、『習い事』として定着していないために、日本含めたスペイン以外の国では、フラメンコギターを大人になってから始める人が多く、これもスペイン人ギタリストとの差を生んでいる大きな要因と思われます。

ちなみに、スペインでも『フラメンコギター=子供の習い事』という感覚は希薄ですが、親がフラメンコをやっていたり、幼い頃からフラメンコギターに触れる機会が多いので、結果としてギターを始める年齢も低くなるわけです。

フラメンコギターの敷居の高さ

フラメンコギターは奏法やコンパス、伴奏のルールなど、演奏上最も基礎的な部分からして特殊なものが多く、最低限の演奏が出来るようになるまでの敷居が高いと思います。

自分が人に教えてきた実感なんですが、フラメンコギターに興味を持つ人は相当数いるんですが、敷居の高さゆえに、それをモノにするまでモチベーションを持ち続けられる人が少なく、結果、フラメンコギタリストがなかなか増えていきません。

奏法に興味を持つ人は多いんですが、コンパスや伴奏の話になると、そこまで興味を持続できないというか。

ソロ奏者と伴奏者の分断

もうひとつ、日本の場合、ただでさえフラメンコギター人口は少ないのに、ソロをやる人と伴奏をやる人が分断しがちで、そのことで層の薄さに拍車がかかっています。

ソロをやる人は、クラシックギターの延長線上のような形で『曲』として楽譜でソロ曲をおぼえて弾く、ということしかやらなかったりするし、伴奏をやる人は完全に職業的になってしまって、失敗しない裏方的な演奏に終始する、そんな傾向はあります。

ちなみに、一定水準以上のギタリストの場合『ソロも伴奏も両方できるけれど、どちらかに専念している』という場合が多いのですが、まず、その水準に達するのが並大抵の難易度ではありません。

ギタリストの活動

実際にフラメンコギターでプロ活動する、ということを考えると、カンテと同様に踊り伴奏が最も現実的な道です。
ギターの場合は本番の仕事以外に、クラス伴奏などの日常的な仕事もあります。

ただ、ギターもカンテも、最近は伴奏需要が飽和しつつあり、在日スペイン人アーティストも増えてきている現状で、新規でプロとして参入して安定した収入を得ていく、というのは以前より難しくなっているように感じます。

かといって、踊り伴奏から離れて音楽として演奏して収入を得ていく、というのがさらに難しいのはカンテと同様です。

現状では、歌い手とギタリストは踊り伴奏の仕事をしつつ、自立した活動もしていく、というのが理想的なんじゃないでしょうか?

どちらかの活動が上手く行くようなら、そちらに専念するのも良いですが、伴奏から離れてしまうとフラメンコ奏者として勘が鈍りそうだし、一方で自立した活動をして自分自身についてくれるリスナーを増やしていかないと自身の活動も、音楽としてのフラメンコシーン全体も先細りになりそうだし。
自分は両方やっていきたいと思っています。

ギター固有の需要

最後になりましたが、ギターという楽器には日本固有の需要があると思います。

日本人はギター好きな国民性で『ギターファン』という層が、いつの時代も一定数いるんですよね。

ギターファン層は、ギターという楽器そのものが好きで、ジャンルに関わらずギターで奏でられる音楽を愛好する人達で、大抵は自分自身もギターを弾いていたりします。

また、弾き語りなどをやっている層とも被っていたりして、潜在的にかなりの人数が居ると思われます。

現在の日本のフラメンコギター人口も、多くがこの『ギターファン層』から派生してきたものと思いますが、フラメンコギターの強烈な個性と音色は、ギターファン層にストレートに刺さるポテンシャルがあるんじゃないでしょうか。

なので、ギタリストはギターファン層に向けて『ギター音楽』としてフラメンコ活動をやっていくのも十分アリなのでは?と。

そんな事情もあるので、可能性の間口はカンテより広いのかもしれませんが、やはり『音楽』としてギターファン含めた一般聴衆にアピールするためには、カンテのポップ化の場合と同様に、ポップセンス、作曲能力、DTM能力、マネージメント能力などが必要になってくると感じています。

――今回は、日本のフラメンコの業界構造と、それに対する自分なりの考えを書いてみましたが、これは自分自身がギタリストとして、この世界でどう生きていったら良いか?という思考から生まれてきた記事です。

日本人のフラメンコをやっている同志が活動していく上で、何かしらのヒントになれば幸いです。

フラメンコ音楽論 前回

インターネットの影響【フラメンコ音楽論48】
フラメンコ音楽論では前回より『日本人としてのフラメンコへの取り組み』という大きなテーマを扱っていますが、今回はインターネットの影響と活用方法について考察します。

フラメンコ音楽論 次回

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