日本のフラメンコ奏者が抱える問題【フラメンコ音楽論50】

今、フラメンコ音楽論では「日本人としてのフラメンコへの取り組み」というテーマで書いていて、第47回から前回の第49回までで、スペインと日本の環境の違いや時代の変化などを考証してきました。

今回からは、前回までの内容を踏まえつつ、実技的な内容まで話を広げていこうと思います。

日本の伴奏者が抱える問題

前回、日本のフラメンコギタリストの傾向として、ソロギタリストと伴奏ギタリストが完全に分離してしまう現象があると書きました。

フラメンコギターで最も重要な要素に「コンパス」がありますが、これを身につけるには伴奏をやるのが早道で、長年一人でソロだけやっていても、なかなか習得が難しいものです。

ですので、ソロをやりたい人も一度は伴奏をしっかりやる必要があると思います。

それに、日本ではバイレとギタリスト・歌い手の人口比率から、ギター・カンテでプロ活動がしたかったら、踊り伴奏をするのが近道であり、主に伴奏でやっていきたいというギタリスト・歌い手は多いと思います。

しかし、実のところ日本の伴奏環境には、かなり難しい問題も含まれているように思います。

教室伴奏病とは?

漫然と教室伴奏を大量にこなしているような状態で、知らず知らずのうちに陥ってしまう「教室伴奏病」と呼べるような現象は、ギタリスト・歌い手の間では飲みの席などで話題に上ることもありますが、これは日本のフラメンコ業界にとってはかなり普遍的な問題じゃないでしょうか?

このあたりの事は踊り伴奏メインのギタリスト・歌い手は生活がかかっているので口に出しにくかったりして、とても難しい問題なんですが、日本におけるフラメンコの音楽面の発展を考えた時に避けて通れない問題だと思うので、勇気を出して書いてみます。

以下、自分の実体験を基に教室伴奏病とはどんなものなのか解説していきます。

ちなみに、自分はギタリストですのでギターのことを中心に書きますが、カンテ・パルマに関しても同様の問題があると思います。

日本でプロ活動するということ

日本での仕事としての踊り伴奏のニーズは、教室伴奏や発表会など、練習生の伴奏の機会が圧倒的に多いです。

プロの伴奏の場合でも、予算や時間的な制約からパルマ無しでのリハーサルしかできなかったり、リハーサル無しで口頭のみの合わせになることも多いので、ギャラを頂いている伴奏者の立場としては、安全策をとって「失敗しないことを最優先させた演奏」に偏りやすい状況と言えます。

そして、年中伴奏で忙しくなると、徐々に自分自身の訓練に時間を割けなくなっていきます。実際に自分自身がそうでした。

安全策の演奏で仕事は回っているし、時間も無い状況で、それ以上のものを求め続けるモチベーションを保つのも大変と思います。

フラメンコ音楽論第47回でやったようにスペイン人と日本人ではベースのリズム感覚や環境が違うので、本来であれば、かなり貪欲に情報を摂取して修正していかないと、技術や感覚の向上もままならないはずですが、そういう大事ことも忘れがちになっていきます。――これも、まさに自分自身がそんな感じでしたので。

何年も、何十年もそんな状況が続くと、本人も気がつかないうちに、そういう「失敗しないことを最優先させた演奏」「日本人の練習生が踊りやすい演奏」が自分の演奏スタイルとして固定化してしまう、という一種の職業病ですね。

実際のところ仕事の数としては「失敗しないことを最優先した演奏」「日本人の練習生が踊りやすい演奏」という需要のほうが圧倒的なので、むしろ、それだけに特化してやっていたほうが職業的に有利にはたらくという側面もありますが、それはスペイン人がやっているフラメンコ・コンパス感覚とはかけ離れたものになっていきます。

日常の伴奏活動でそういう「日本人向けに単純化されたコンパス」が刷り込まれてしまうと、例えば、自分よりコンパス感が優れたバイレの人と共演する場合でも、また、踊りが入らない「音楽」としての演奏になった時にも、無意識レベルで教室伴奏の癖が出てしまって、コンパスが単調になったり、出てくる持ちネタも教室伴奏対応のものばかりになってしまったり。

これは「そうしないと合わない、失敗確率が上がる」という無意識のブレーキが発動してしまう結果、表現の幅に蓋をしてしまうわけです。

――これが「教室伴奏病」の正体です。

かと言って、教室伴奏は日本でのフラメンコ普及には絶対必要な活動だし、教室伴奏病を恐れて、その機会を減らしてしまったりするのはプロとして本末転倒ですよね。

既に本場で自分の演奏スタイルを確立してきているギタリスト・歌い手はいざ知らず、日本で活動する大多数のギタリストと歌い手は、教室伴奏病を克服して教室伴奏の仕事と上手くつきあっていく事を真剣に考える必要があるんではないでしょうか。

業界構造の問題でもある

教室伴奏病の問題を単純化して言うなら、バイレとギター&カンテの人口比率から、日本のギター&カンテのリソースの多くがバイレの教室伴奏周辺で消費し尽くされて、音楽面のレベルアップという余力が生まれにくい、ということです。

これは、日本で活動するギタリスト&歌い手が教室伴奏以外のものを市場として確立できていない、というような業界構造の問題(前回講座でやりました)でもあるので、すぐに解決できる事ではないでしょう。

本稿では、そうした中で日本のギタリスト・歌い手はどう活動していくのが良いのか?ということを考えてみたいと思います。

教室伴奏病の具体的な症状

日本のフラメンコ奏者が抱える大きな問題の一つとして教室伴奏病の話をしましたが、教室伴奏病とは具体的にどんな状態になるのでしょうか?その症状を列挙してみます。

コンパスの単調化

バイレ教室の先生の方針などにもよりますが、バイレ練習生の中には音楽やリズムに対しての予備知識や興味が薄い人も相当数混じっています。

フラメンコの裾野を広げるという意味では、そういう層も取り込んでいかないとなかなか人口が増えていかないという事情もありますので、教室伴奏の仕事としては、そういう練習生もリズムを外さずに踊れるように伴奏を付けるという技能は必須です。

そしてゆくゆくは、そういう練習生にもリズムやコンパスに興味を持ってもらうように、教室の先生と協力しながら上手く誘導していく、ということが重要に思います。

しかし、実際にこれをやるのは大変なことで、相手のレベルに合わせて演奏内容を変えたり、分かる言葉を選んで説明したりと、かなりの経験が必要になります。

また、コンパスがしっかりとれない練習生に踊りやすい伴奏を付けるというのは、リズム表現上かなりの制約を伴うものです。

まず、裏拍や連符がとれなかったりするので、サパテアードとユニゾンで弾いてあげたり、メトロノームのように表裏全て弾いて、コンパスの頭やアクセントを強調してやらないと、拍を見失ってしまったりするので、伴奏側もプロの伴奏とはまた違ったところに神経を使わなければなりません。

そして、年中そんな環境でやっていると、その職業的にやっている弾き方が手癖化して、徐々にギタリスト本人のコンパスの柔軟性が失われ、いつの間にかコンパス感が単調化・固定化していってしまうことに留意すべきです。

ファルセータの単調化・固定化

サパテアードに付ける伴奏などと同じように、ファルセータの弾き方・作り方も単調化・固定化していく傾向はあります。

持ちネタが、無難に使える起承転結がハッキリした4コンパスのものばかりになったり、コードの変わり目やフレージングも「コンパスの頭やアクセントが分かりやすいように」「拍が取りやすいように」ということが優先されがちですので。

現在のスペイン本国のフラメンコギターの流れは、コンパスやフレージングは複雑化の一途を辿っています。

それが良いことか?は別にしても、演奏技術やコンパス感覚という面では、どんどん差がついてしまうことになります。

リズム感がアバウトになる

コンパス感が一定水準以上の踊り手の伴奏しかしないのであれば、こういう問題は発生しにくいのですが、ちゃんと拍がとれなかったり、とれていても音を正確に出せない人の伴奏をする場合は、「合っている状態」ということのハードルをかなり下げないとリハーサルが進まないので、かなりアバウトな合わせ方になっていきます。

それが普通の状態になると、楽器奏者としてはかなりヤバいのはお分かりいただけると思いますが、時間や予算の制約から、仕事としてはそうせざるを得ない場面が多いのも事実です。

そして、その状態で大きな破綻なく舞台を成立させるためには、細かいところを誤魔化す技術ばかりが向上していくことになります。

細かいところをカバーしてうまく誤魔化す技術もプロとしては必須なスキルではありますが、自分自身のコンパス感覚向上ということを考えると、そういう状態に過剰適応してしまうのは危険なことでもあります。

教室伴奏病の克服

具体的に教室伴奏病がどんなものなのか、ご理解いただけたでしょうか?

現在では、とくに若い世代のバイレ練習生はリズム感覚が良くなっているし、全体にバイレ教室のリズム環境が良くなっている(スペインの環境に近付いている)ので、教室伴奏病も以前ほど気にしなくても良くなるのでは?という希望はあります。

そうやって全体の環境としては徐々に向上していると思いますが、フラメンコ音楽論47でやったようなスペイン人と日本人のリズム感覚のギャップという根本的な問題もありますし「コンパス感が発展途上の練習生向けの伴奏」というニーズは、この先も確実に存在し続けるでしょう。

そういう需要に対応しながら、できることなら、その練習生を徐々にレベルアップさせていく、というのも教室伴奏ギタリストとして大事な仕事だと思います。

ここからは、教室伴奏病を克服しながら、自分自身も周囲も、より高い次元にレベルアップしていくためにはどうしたら良いのか?ということを考えてみます。

まずは自己チェックの意識を持つ

教室伴奏病克服の第一歩は「教室伴奏病の具体的な症状」の項目で解説したような状態になっていないか?という意識を持つことです。

「漫然と伴奏をやっていると、教室伴奏病のような状態になることもある」ということを知って意識しておく、ということだけでも、自己チェックが働くようになるので全然違うと思います。

教室やリハーサルではパルマを入れる

教室やリハーサルでは、なるべくパルマを入れるようにしましょう。

踊りのクラスではパルマをしっかり教えて、練習生同士でお互いにサポートさせるようにすると良いでしょう。

どちらにしろ、タブラオなどで踊る際はパルマは必須のスキルになりますので。

リハーサルの時、カンテが入る場合は大抵カンテがパルマを打つので良いんですが、バイレとギターだけで合わせる場合、パルマを入れることで、双方がかなり楽になります。

パルマの人員が居なかったり、パルマのコンパスが不安定だったりする場合はメトロノームやソロコンパスを補助的に使うと良いでしょう。

メトロノームやソロコンパスはリアルタイムのテンポチェンジが出来ないので、補助的にしか使えませんが、何も無いより遥かに良いです。

メトロノームは電子式のものを音響設備に繋いで増幅してやるのがベストです。
振り子式のものはサパテアードの振動で狂うことがあるし、音量も出ませんので。

その上で、以前このフラメンコ音楽論で解説した「コンパス=サイクル理論」を使ってサイクルを共有するなどすれば、かなり安定させることができるんではないでしょうか。

マメにリズム感を矯正する

教室伴奏病の症状の一つに「リズムがアバウトになってしまう」というのがありますが、これに対処するには、普段の自分の練習時に少しの時間で良いから、メトロノームやソロコンパスなどを使って日常的にリズム感を矯正する習慣をつけると良いと思います。

教室伴奏病に限らず、リズム感というのは変な癖がつきやすいので、必ずやったほうが良いです。

メトロノームの使い方も「6拍とか8拍に1回など、超スローで鳴らす」とか「裏拍にとる」とか「2拍3連にとる」とか、マニアックな訓練法は色々ありますが、「普通に拍の頭に鳴らして、自分が気持ち良いテンポを中心に1、2割遅くしたり速くしたりする」というような練習でも十分に効果があると思います。

モードを切り替える

これは、伴奏をするギタリストならほぼ全員が無意識にやっている事と思いますが、自分の中で「通常モード」と「教室伴奏モード」を明確に切り分けるということです。

自分はさらに細分化して以下のように分けています。

リズムがヤバい時モード

練習生伴奏モード

プロ伴奏モード

ソロモード

パルマがいるかいないか?でも変わってきますが(パルマが居ない場合は、上の図で1段上のモードになる)、基本的に下に行くほど制約が少なくなり、積極的に複雑化させる感じです。

そして、そのモード切り替えを明確に意識するようにして、モード毎に自分ルールを設定しておくわけです。

モードごとに弾くファルセータを変えたり、基本的なコンパス(マルカール)も弾き方を変えていきます。

ちなみに「コンパス=サイクル理論」の使用サイクルなどもモードによって変わってきますが、原則的には不安定になったらベタ踏みが増える感じです。

あとは「リズムがヤバい時モード」「練習生伴奏モード」用に、分かりやすくて、ゆっくりのテンポで弾いてもカッコいいネタを沢山仕入れておく、というのも職業ギタリストとして大変有効だと思います。

こうやって、自分の中で明確にモードを切り替えることで、どんなシチュエーションでも最良のプレイが可能になるんではないでしょうか。

常に最終目標をイメージする

日々の伴奏の仕事などでいっぱいいっぱいになってしまうと、忘れがちになってしまうんですが、「自分は最終的にはこういう風に弾きたい」というイメージを常に持って、普段の練習のモチベーションを保つ、ということがかなり重要に思います。

伴奏でもソロでも、最終目標のイメージは人それぞれと思いますが、細かいニュアンスやフレージング、コンパスの処理の仕方は、そういうイメージの持ち方で変わってきますし、結局フラメンコではそういう細かいところが一番重要になってきたりします。

自分個人としては、普段の伴奏の仕事はモードを切り替えて対応しつつ、一方で自分の理想イメージをしっかり保持して、それに近づくように日々頑張っていくのが理想ではないかと思っています。

でも、これってカンテもバイレも、他の芸術ジャンルも全て同じ事で、日々、自分に求められるニーズに対してしっかり応えながら、同時に(すぐに収入には繋がらなかったとしても)自己研鑽を続けるのが大事ってことですよね。自分も頑張ります!

フラメンコ音楽論 前回

日本のフラメンコの業界的な話【フラメンコ音楽論49】
今、フラメンコ音楽論では「日本人としてのフラメンコへの取り組み」というテーマで書いていますが、今回は日本のフラメンコの業界的な話をしようと思います。

フラメンコ音楽論 次回

コメント