今、フラメンコ音楽論では変拍子(変則5拍子)系コンパス形式の解説をしていますが、今回は変拍子系形式のメインイベントというべきシギリージャと、その関連形式をご紹介いたします。
シギリージャ形式概要
シギリージャ系のコンパスを持つ形式は多数あるので、詳しくは後述しますが、ここでは代表選手としてシギリージャ(単体形式)の概要を解説します。
単数形:Siguiriya
複数形:Siguiriyas
主な調性:ポルメディオ(Aスパニッシュ調)
テンポ(歌):100BPMから160BPM
シギリージャ系の歌はフラメンコ形式のなかでも最も古い系統で、その起源はソレアよりもずっと古いものだと考えられています。
シギリージャは、カンテ・ホンド(深い歌)とカテゴライズされるカンテの中心的レパートリーですが、リズムや節回しの難解さもあって、フラメンコを勉強する上で鍵になってくる形式です。
なお、シギリージャの呼び名ですが、セギリージャ(Seguiriya)、などと記載されることもありますが、同じものを指しています。
ちなみに、似た名前の舞踊にセギディージャ(Seguidilla)というのがあります。
これはカステージャ地方に古くから伝わる民族舞踊で、セビジャーナスの原型と言われているものですが、シギリージャにも影響を与えていて、その語源となったという説もあります。
この説をとるならSeguidilla→Seguiriya→Siguiriya、というわけですね。
トナと無伴奏形式について
シギリージャ系の歌はトナ(Tona)と言われる無伴奏の歌から派生したものです。
トナのグループにはデブラ(Debla)、マルティネーテ(Martinete)、カルセレーラ(Carselera)、サエタ(Saeta、宗教歌がフラメンコ化したもの)といったシギリージャ系コンパスの形式が含まれますが、これら無伴奏形式は現在も存続していて、カンテの原初の形を伝えています。
トナの系統は原始的なものになるほど、リブレ(自由リズム)に近くなる傾向です。
シギリージャ系を含むトナの歌は、元々ヒターノの日常で歌われていた仕事歌などが起源といわれていますが、いったい何をどうやったら、こういうリズムサイクル・節回しになったのか?ロマンを感じますよね。
ソレアとの関係
シギリージャとソレア、どちらも古い起源をもつフラメンコの基本形式ですが、両形式ともに原初の無伴奏形式、トナから発生している、という説が有力です。
ソレアもシギリージャも元は同じ歌で、リズムのとりかたや節回しを変えていく過程で枝分かれした、ということでしょうか。
確かにソレアもシギリージャも、アクセントが5つで12拍で数えることができる、ということは共通しています。
このあたりの事に関しては、録音はおろか文献もほとんど無いので不明な点が多いですが、そのへんがまたフラメンコの神秘性を高めているんでしょうね。
シギリージャ系形式のキー
シギリージャ系の形式は形式ごとに演奏されるキーがだいたい決まっています。
以下にシギリージャ系形式の調性を一覧にします。
- シギリージャ ポルメディオ
- セラーナ ポルアリーバ
- リビアーナ ポルアリーバ
- カバーレス(単数形はカバル)Aメジャーキー
- マルティネーテ 無伴奏
- カルセレーラス 無伴奏
- トナ 無伴奏
- デブラ 無伴奏
- サエタ(起源は宗教歌)無伴奏
ポルメディオのシギリージャの場合、カポタストの位置は、女性歌手なら4カポ(実音C♯スパニッシュ調)、男性歌手ならカポ無し(Aスパニッシュ調)あたりが中心です。
リビアーナとセラーナについて
リビアーナ(Liviana)とセラーナ(Serrana)はポルアリーバで演奏されますが、原則この2つの歌は組にして歌われます。
ちなみに、セラーナにはカーニャのようなラメントがあります。
2.2.3.3.2型コンパス
同じ変則5拍子系のグアヒーラのコンパスサイクルが「3.3.2.2.2」なのに対して、シギリージャ系は「2.2.3.3.2」というコンパスサイクルを持っています。
慣れないと掴みどころが無いリズムに感じますが、このリズムの捉え方は大まかに3種類あります。
- 変則5拍子
- 頭から12拍子で数えるもの
- ソレアの入り口をずらしたもの
以下、1つずつ解説していきます。
3拍目と4拍目が長い変則5拍子
変則5拍子はシギリージャのコンパスを単純化して5拍でとるやりかたです。
① ○ ② ○ ③ ○ ○ ④ ○ ○ ⑤ ○
※○が付いた数字がアクセント拍
スペイン人はこの数え方が多いです。
12拍子に変換したカウント
シギリージャのコンパスの頭拍を1として、12拍で数えるものです。
① 2 ③ 4 ⑤ 6 7 ⑧ 9 10 ⑪ 12
とりかたとしてはあると思いますが、これの拍数を言われても、あまりピンとこないですよね。
ソレアを基準にしたカウント
ソレアのカウントの頭拍をずらして数えるやり方もできます。
ソレアの8拍目を頭にとると、シギリージャのコンパスになります。
⑧ 9 ⑩ 11 ⑫ 1 2 ③ 4 5 ⑥ 7
ソレアとアクセント位置のカウントが同じなので、理解しやすい面もあるかもしれませんが、実用される機会は少ないように思います。
実際の運用上は、シギリージャを数字のカウントでやることってあまり無いように思いますが、この中だと一番上の変則5拍子の数えかたがシンプルで使いやすいんではないでしょうか。
シギリージャ系のコンパスのとりかたについて、こちらの記事で詳しく研究していますので、ご一読頂けたらと思います。
シギリージャ系コンパスのバリエーション
シギリージャ系コンパスのバリエーションとして、最後のアクセントをひとつ後ろにずらしてパルマを叩くことがあります。
● ○ ● ○ ● ○ ○ ● ○ ○ ○ ●
※●=強拍、○=弱拍
これはソレアの6拍目のアクセントを7拍目にずらすのと同様の感覚ですが、重くなりがちな締めくくりの拍をスキップすることでコンパスの推進力を増す感じですね。テンポが速くなるとこのリズムの比率が上がります。
シギリージャのテンポ
ここからは、シギリージャ系で最も演奏頻度が高いシギリージャ(単体形式) を想定して解説します。
シギリージャは踊りの場合、レトラのテンポに幅がありますが、100BPMから160BPMくらいです。
踊りのマチョの部分は高速になることが多く、250BPMから300BPMくらいになることも。
一方、歌のソロだと踊りのレトラよりテンポが速い場合が多いです。
そして、カンテソロの場合かなりテンポを揺らすことがあって、揺れ幅が大きいとリブレに近いような感じになることも。
シギリージャのフレージング
シギリージャのフレージングですが、5拍子で解説すると以下の特徴があります。
- コンパスの締めくくりは5拍目で、ジャマーダも普通5拍目で止まる
- フレーズは4に解決していくものが多い
- コードの変わり目も1拍目と4拍目が多い
- 1拍目、2拍目を休んで3拍目から入るフレージングもある。この場合、ブレリアのフレージングがそのまま流用できることもある
シギリージャのコードワーク
シギリージャ形式で使うギターのコードについて、ファルセータやエスコビージャの伴奏などでは色々とコードを展開させたりもしますが、歌とマルカール部分はコードをほとんど動かさないのが特徴です。
基本、B♭とAの2コードで、それに慣用句的なベースラインがついたり、歌の最後のほうでFにいくことがあったり、本当にその程度です。
逆に色々やりすぎると、シギリージャの厳格な雰囲気を損ねてしまう、というのがあるので敢えてやらないのが通例です。
シギリージャでもソレア・ポル・ブレリアのときに紹介したようなオンコードを多用しますが、重要なのはB♭6(onG)でしょうか。
シギリージャでは、とくにこのコードの重さを重視します。
具体的には、変則5拍子の3拍目にこのコードが来て、親指で強く弾き下ろすことが多いんですが、その際に親指が2弦まで来たら1弦は弾かずに1弦上で止める、という弾き方をします。
こうやると、2弦のD音を強調するということになります。
細かいところですが、こういう細かいニュアンスが大変重要だったりします。
シギリージャのマルカール
一般的なギターのマルカールの例ですが、アクセントごとにコードを書くとこうなります。
①B♭(onD)
②B♭9(onC)=C9
③B♭6(onG)
④A
⑤A
煩雑になるので、次のカンテのコード進行では、B♭系のオンコードは全てB♭として扱います。
逆に言うとコードネームでB♭と書いてあっても、上のようなオンコードで演奏するわけですが。
同じポルメディオのタンゴやソレポルも同様のコードワークをしますが、シギリージャの場合は、通常マルカールのパターンがオンコードクリシェ込みになっているために、普通にB♭→Aでやっても全く雰囲気が出ません。
シギリージャの歌
シギリージャの歌は4行の歌詞を引き延ばして歌います。
引き延ばしすぎて、スペイン語がわかったとしても何を言ってるかわからない、みたいなことになっていますが、大抵、嘆き節・恨み節です。
まあ、そういう形式です……(お察し下さい)。
シギリージャの歌の構成
踊りの場合は大抵、歌2つで1組にして歌われ、間に中締めのジャマーダ(レマーテ)が入ります。
シギリージャの歌の長さはバリエーションが多く、同じ歌でも歌い方で長さが変わるので、かなりイレギュラーなものと思ってください。
伴奏側からの簡単な捉え方としては以下のように考えるとシンプルです。
- 歌の最後のほうまでは、ひたすらB♭→Aで待ち
- C→G7→CとかC7→Fの中オチが来る歌であれば、もうすぐ締めくくりが来るから分かりやすい
- 歌の最後(ジャー、ジャーとかが入ればわかりやすい)を捉えてジャマーダで締めくくる
標準的なシギリージャの歌のコード進行
以下によくやる感じの踊り歌のコード進行を書きます。
アクセント1つにつき1小節で記載。1段で1コンパス、○はコードチェンジ無しの拍です。キーはポルメディオ=Aスパニッシュ調で書きます。
|B♭ ○|○ ○|○ ○ ○|A ○ ○|○ ○|
コンテスタシオン(無い場合もある)
|B♭ ○|○ ○|○ ○ ○|A ○ ○|○ ○|
|B♭ ○|○ ○|○ ○ ○|A ○ ○|○ ○|
|B♭ ○|○ ○|○ ○ ○|A ○ ○|○ ○|
|B♭ ○|○ ○|○ ○ ○|A ○ ○|○ ○|
|B♭ ○|○ ○|C ○ ○|○ ○ ○|(F)○|(中締め。無い場合もある)
|B♭ ○|○ ○|○ ○ ○|A ○ ○|○ ○|
|A ○|○ ○|○ ○ ○|○ ○ ○|○ ○|(締めのジャマーダ)
歌の長さはいろいろありますが、この長さプラスマイナス1コンパスくらいが多いです。
カンテソロの場合は歌い手が自由に歌を伸縮させるので、サイズはさらにイレギュラーになります。
踊りの場合は通常、1つの歌振り(レトラ)に対して、2つの歌を繋げて演奏します。
ディグリー(度数)表記版
|♭Ⅱ ○|○ ○|○ ○ ○|Ⅰ ○ ○|○ ○|
コンテスタシオン(無い場合もある)
|♭Ⅱ ○|○ ○|○ ○ ○|Ⅰ ○ ○|○ ○|
|♭Ⅱ ○|○ ○|○ ○ ○|Ⅰ ○ ○|○ ○|
|♭Ⅱ ○|○ ○|○ ○ ○|Ⅰ ○ ○|○ ○|
|♭Ⅱ ○|○ ○|○ ○ ○|Ⅰ ○ ○|○ ○|
|♭Ⅱ ○|○ ○|♭Ⅲ ○ ○|○ ○ ○|(♭Ⅵ)○|(中締め。無い場合もある)
|♭Ⅱ ○|○ ○|○ ○ ○|Ⅰ ○ ○|○ ○|
|Ⅰ ○|○ ○|○ ○ ○|○ ○ ○|○ ○|(締めのジャマーダ)
マチョのコード進行
シギリージャの踊りの最後につくマチョは、前述の通りテンポが激速になることが多いですが、コードの進行のほうは以下の2パターンのどちらかであることが大半です。
- Fコードから入って、Dm→C→B♭→A(Ⅳm→♭Ⅲ→♭Ⅱ→Ⅰ)の下降進行にいくパターン
- 最初からDm(Ⅳm)からの下降進行から入るパターン
――今回は、フラメンコを学習する上で最難関の1つとなりがちなシギリージャ系の形式を解説しました。
シギリージャ系の形式は、とくにコンパスが難解に感じると思いますが、ずっとやっていると意外と慣れてしまうもので、ブレリアなどと比べるとリズムパターンもフレーズの乗せかたも固定的なので、最初に受ける印象ほど難解なものではないと思います。
次回からファンダンゴ系を中心とした3拍子系の形式に入る予定です!
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