楽譜の活用法【フラメンコ音楽論45】

フラメンコ音楽論では前回までで、フラメンコのリズム面の解析やアンサンブルの方法論といったことをやってきましたが、今回はフラメンコのアンサンブル考察の一環として「楽譜の活用法」という事を考えてみます。

フラメンコ音楽論第3回講座で解説したように、フラメンコの音楽には独自のフォーマットがあり、普通は楽譜を使いません。

ですが、他ジャンルの奏者とアンサンブルしたり一緒に制作したりする場合、楽譜も上手く活用しないとスムーズに伝達しあえないという問題が出てきます。

今回は、フラメンコ音楽における楽譜の活用というテーマを考えてみようと思います。

ギターは読譜が難しい楽器

フラメンコに限らず、ギターは読譜しながらの演奏に適さない楽器です。それは、以下のような理由からです。

  • 同じ音が色んな場所で出るので迷いやすい
  • 運指を工夫しないと、音を把握しただけでは瞬時に弾けない場合が多い

クラシックギタリストでさえ、他の楽器に比べて読譜演奏が難しいために暗譜の比率が高くなり、譜面は補助という場合が多いのではないかと。

奏者によって読譜力に差はあると思いますが、何度か演奏して運指の形で記憶するほうが圧倒的に楽ですよね。

フラメンコギターの場合

フラメンコギターは伝統的に楽譜は使いません。

今解説した通り、もともとギターという楽器は読譜演奏に適さないのですが、とくにフラメンコギターの場合は、歌や踊りに伴奏をつけるためのフォーマットとして発展してきたため、決められたものの再現よりも即応性を重視してきた結果、楽譜の出番は無かったということです。

リズム最優先の傾向

フラメンコというジャンルの傾向として「リズム最優先」という考え方がありますが、これも譜面を使わない理由の一つとなっています。

フラメンコのアンサンブルでは、リズム的に極限の処理をしたいから譜面など見ていたらついていけなくなるし、誰が何をやってくるかわからない状況で1音の間違いを気にしていたらリズムが乱れる原因になります。

フラメンコギターは伴奏楽器として「その場で出たリズムへの即応」ということに特化した結果、譜面を使用する方向に行かなかったのです。

現在でも、レコーディングや打ち合わせの時に譜面を使うこともあるでしょうが、ライブ演奏では原則的に全て暗譜演奏です。

フラメンコギターは音数が多くてリズムも複雑でどうやって覚えるの?と、思われる方が多そうですが、一定のパターンがあって、それに沿って「ある程度即興的に」弾いています。

ファルセータについて

フラメンコギターの伴奏のリズムプレイ部分(マルカールと呼ばれる繋ぎの定型フレーズや、歌の伴奏や、サパテアード伴奏時のラスゲアードなど)は、即応性が命になるため、パターンに沿った即興演奏で行います。

一方、ギターソロや伴奏の中の間奏的な部分はファルセータという、それ単体で完結している短い曲で構成されていています。

ファルセータは必要サイズに応じて単体で弾いたり、幾つか繋ぎ合わせて弾いたりしますが、ある程度決まっているものを暗譜演奏します。

ファルセータの細かいところをどこまで決めて弾くか?というのは、奏者によって違いますが、完全にアレンジを決めて1音違わず暗譜して弾く場合もあるし、大雑把にコード進行や重要なフレーズだけ決めて、その場の雰囲気で適当に弾く場合もあります。

通常、ファルセータは4から8コンパス(8から32小節)程度という比較的短い単位で作られていますが、暗譜しめ伴奏中に咄嗟に出せる引き出しとして活用しやすい長さということですね。

歌とギターと踊り含めた打楽器だけで演奏するフラメンコの古典的なスタイルでは「即興の伴奏部分+ある程度決まったファルセータ」というシステムは非常に合理的でした。

――そうやってガラパゴス的に発展してきたフラメンコギターの演奏フォーマットですが、1980年代以降、フラメンコ周辺の音楽も多様化・複雑化してきて、様々なジャンルの奏者と共演する機会が増えてきた結果、従来の暗譜とパターン処理だけでは難しい場面も増えてきています。

ここからの内容は、ギターをはじめとしたフラメンコ奏者(踊りなども含む)と他ジャンルの楽器奏者のアンサンブルや、他のジャンルの楽器奏者がフラメンコの演奏に参加したい、という場合に発生する課題への対応を考えてみましょう。

フラメンコと他ジャンルのアンサンブル

フラメンコの経験が少ない楽器奏者は、リズム形式のカウント方法やモードやコードを理解したとしても、最初はかなり細かいアレンジを決めて取り組まないとフラメンコらしい演奏をするのは難しいのではないかと思います。

逆に、フラメンコの奏者は自分のやっていることを譜面に記述して伝えられなかったり、自分達がやっていることの特殊性を把握しておらず(カンテや踊りで、楽器未経験の人に多い)、キーやサイズをコロコロ変えてしまったり、そういう問題があると思います。

これらの問題を解決しようと思ったら、お互いに歩み寄る必要がありますが、楽譜をうまく活用できればかなりの部分をカバー出来ると思います。

楽譜の使用方法

譜面を使って伝達の問題を解決する場合、4段階くらい選択肢があると思います。

  1. 完全なスコア譜
    作曲家が細かいアレンジまで全てコントロールしたい場合など
  2. 簡易的な譜面(コードネーム+メロディー譜など)
    細かい部分は奏者に委ねられる
  3. コード譜
    メロディーは暗譜
  4. 暗譜+メモ書き
    フラメンコ式

アンサンブルに参加するメンバーそれぞれが違う方法をとったとしても、アンサンブルは可能です。

ですが、例えば1.の完全スコアの環境に4.の暗譜でやる人が入る場合、4.の人は事前に練習してスコアを全部覚える必要があるし、現場はそのための時間を与えないといけません。参考音源なども用意したほうがいいでしょう。

逆に4.のフラメンコ的な環境に、1.の譜面で音楽をやっている人が入る場合、1.の人は現場の音を録音、耳コピーして自分用の譜面を作る必要があります。

共演者も1.の人に配慮して、本番当日のキーやアレンジ変更、サイズ変更を伴う即興などは避けたほうが良いです。

個人的なお薦め方法

この問題は奏者や現場ごとに対応方法が違うと思うし、正解というものはなく、結果的に上手く回っていればそれで良いのですが、個人的にお薦めなのは、上で挙げた2.(簡易譜面使用)とか3.(コード譜のみ使用)の中間的な方法です。

簡易的な譜面やコード譜ということですが、これが1.や4.の長所も採り入れつつ、対応力を高められそうです。

1.(完全スコア譜使用)は、DTM主体で音源を作るような場合は有効な方法と思いますが、リハーサルしながらアレンジする場合などは手間がかかりすぎます。

変更点を全員がちゃんと修正したか?も不確かなので、変更のたびに譜面を人数分刷らなければならなかったり。

奏者の人数が増えると、それぞれのパート譜を用意したりといった事が膨大な手間になってきます。

4.(譜面は使わずに暗譜)は事務的な手間はゼロですが、全て言葉と演奏のやりとりと、ICレコーダーやスマホなどでの録音、メモ書き等で完結させなければならないので、一定以上複雑なことを伝えたりするのに苦労します。

なにより全員が共有できる整理された記録が残せないし、メモ書きなどをするにしても、全員が異なる方法でやっていると齟齬が生じやすいです。

2.と3.の簡易譜面・コード譜をお薦めするのは、1.ほどの手間をかけずにある程度複雑な情報共有ができるからです。

読譜が得意でアレンジを譜面で書いておきたい人や、その場での変更や即興が少ない現場なら2.の簡易的譜面、暗譜のほうが得意な人や、その場の変更・即興が多い現場なら3.のコード譜が良いと思います。

自分のやりかた

自分は3.のコード譜メインですが、アレンジが決められていて暗譜に不安がある場合は、2.の簡易譜面を作ります。

自分はフラメンコギタリストなので、もともと暗譜の人間だし、コード譜なら1曲につきA4用紙1枚で完結できるので一覧性が良く、修正・管理も楽です。

ただし、普通のコード譜のみでは情報量が不足しがちなため、以下のような工夫をしています。

  • コード譜は1段につき4小節などの決まった書式にして、瞬時にサイズが把握できるようにする。必要に応じて段組みして1ページを左右に2分割する
  • 原則、リピート記号・ダルセーニョ・ダカーポ等は使わずに記載。こうすると頭から順に演奏すれば良いので見失うリスクが激減する
  • 他のメンバーの譜面との互換性をとるために、段の先頭に小節番号をふる。1段4小節なら4小節ごとに小節番号を書き込んでおけば、小節番号での伝達ができる
  • コード譜の段間を大きめに開けて、メモスペースとする。スペースに余裕があるなら五線を印刷しておけば、リハーサル中に音符を書き込むこともできる

色々な方法を試しましたが、自分はこんな形に落ち着いています。

今回はフラメンコ+他ジャンル奏者でのアンサンブル時の問題に対処する楽譜の活用法を考えてみましたが、どんな方法をとるにしろ、①譜面メインの人は暗譜したり即興でやれる部分を増やして譜面への依存度を下げておく、②暗譜でやっている人は、自分は暗譜で演奏するにしても、自分がやりたいことを譜面やコード譜で書いて共有できるようにしておく、というような歩み寄りをする事で発生する問題のかなりの部分を解消できると思います。

フラメンコ音楽論 前回

パルマのリズムパターン【フラメンコ音楽論44】
フラメンコ音楽論第44回はフラメンコのアンサンブルで鍵になるパルマ(手拍子)のリズムパターンを「コンパス=サイクル理論」を用いて解析します。

フラメンコ音楽論 次回

スペイン人と日本人の言語・リズム感【フラメンコ音楽論46】
これからフラメンコ音楽論では「日本人としてのフラメンコへの取り組み」というテーマで書いていきます。今回はスペイン人と日本人の言語・リズム感の違いを考察をします。

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