フラメンコの演奏フォーマット【フラメンコ音楽論03】

フラメンコを音楽面から解説していく「フラメンコ音楽論」では、前回まででフラメンコの歴史と用語をやりました。

第3回になる今回は「フラメンコの演奏フォーマット」です。

フラメンコは一般の音楽ジャンルとは演奏の方法論も違います。

今回はフラメンコを演奏する上で、他のジャンルと比べて特異と思われるものに焦点をあてていきます。

フラメンコの歌、ギター、踊り、それぞれの役割など

フラメンコは「三位一体」といわれるように歌、踊り、ギターが絶妙なバランスでそれぞれの役割を担っています。

カンテ(歌)

カンテは、第1回の「フラメンコの歴史と成り立ち」でも述べた通り、フラメンコの本体部分です。

フラメンコ独自のリズム形式、モード・音階、フレージング、それら全てが古い歌に由来しています。

フラメンコ音楽の特殊性は、もともと歌い手の感覚的なもので成り立っていたカンテにギターでコード伴奏をつけてみた、ということからきていると思います。

最初にカッチリした理論で導き出されたコード進行などがあったわけではないのです。

バイレ(踊り)

踊りはフラメンコのビジュアル面を担っていて、一般への訴求力という点で踊りの果たす役割は大きいです。

踊りが入るとやはり踊り手に注目が集まりますからね。

また踊り手はサパテアードという一種の打楽器奏者でもあり、舞踊家であると同時に音楽家の側面もあると思います。

音楽と舞踊という両面があるところが、フラメンコという芸術に立体感を与えるのと同時に、そのルールをより複雑なものにしています。

ギター

最後にギターですが、伴奏においては踊りと歌の両方に注意を払わなければならず、いつ誰が何をやってくるかもわかりません。

この状況だと通常の音楽の伴奏のつけかたではごく単純な伴奏しかつけられなそうですが、フラメンコギターにはそれに対応するための独自フォーマットがあります。

伴奏以外の場面では、ギターは独奏もあるし、他ジャンルとのフュージョンもやりやすく、三者の中では一番融通が利くポジションだと思います。

ギタリストは音楽という共通言語でフラメンコの世界を横に広げていく役割も担っていると感じます。

ギタリスト視点でのフラメンコへのアプローチ

自分はギタリストですので、ギタリスト視点でお話していきます。

ギタリストから見ると、フラメンコへのアプローチは3つに大別されます。

  • 歌や踊りへの伴奏
  • 独奏によるソロギター表現
  • バンドアレンジなどによるフュージョン的表現

これらのうち、もっとも独自ルールが多いのが伴奏です。

フラメンコギターは伴奏楽器として発展してきた以上、伴奏がわかっていないと、その音楽特性もなかなか理解出来ないと思います。

ギター以外の楽器奏者がフラメンコ音楽を学びたいという場合も、理解のとっかかりとしてギターのコードやフレーズやリズムパターンを分析することになると思いますが、フラメンコの伴奏特有の発想を理解していないと、いくら音とリズムを分析しても総合的な理解ができないのです。

その点は留意していただいて、話を進めていきたいと思います。

フラメンコ伴奏の基本的な考え方

フラメンコの伴奏をするうえで一般の音楽の発想と違う部分を考えてみます。

カンテ伴奏は「後追い」

普通の音楽はコード進行があらかじめ決められていたり、譜面によってアレンジが決まっていたりしますが、フラメンコの音楽はそうやって決まっているものの比率はかなり低いです。

カンテ伴奏の場合は伝統的な歌であれば、いくつか代表的なパターンがあるんですが、ロングトーンを伸ばす長さやコードの変わるタイミングは、歌い手の持ちネタとその時の気分次第となります。

ギタリストは、メロディーと歌詞の流れなどから「今、どういうタイプの歌のどのへんを歌っているのか」を判断して、変化ポイントが来たと思ったらコンパスの途中であっても咄嗟にコードを変えます。

たとえば、12拍子系だと1、3、6、10、12あたりがコードを変えやすいタイミングですが、ほとんどの場合、歌の変化が先行して伴奏者はそれを聴いて反応するので、「後追い」の状態になります。

歌い手が自由に伸ばすようなところだとメディオコンパスもどんどん入ってくるし、そういう変化に対処するには歌の構造を理解している必要があります。

踊りの伴奏

踊り伴奏に関しては、レトラやマチョの部分では歌にあわせてコードを変えていきますが、カンテソロ伴奏よりは「型」が固定的なので、代表的な歌の進行を数パターン丸覚えという方法でも対処可能です。

歌が入っていない部分はギタリストが自由にコードをつけていいのですが、その形式特有の雰囲気を表現する基本型がいくつかあるので、そこから著しく外れない程度に即興で伴奏をつけていきます。

ベースになる基本パターンの使い分けは踊りの振りやコンパスの感じで変えていきますが、経験がものを言う世界です。

前奏・ファルセータ・小ネタ

歌伴奏・踊り伴奏どちらであっても、前奏・ファルセータ(間奏)の部分はよほど形式の雰囲気から外れた内容でなければギタリストの自由にやっていいセクションです。

あと、実はこれが一番経験がいるのですが、伴奏しているとファルセータセクション以外の部分でもファルセータ的な処理が求められることもあります。

  • サパテアード用アルペジオパターン
  • マルカールをちょっと変則的に表現したいとき用のパターン
  • レマーテやコンテスタシオンのための必殺フレーズみたいなもの
  • ちょっと空いたところに入れるピカードやアルサプアのパターン

ファルセータ以外にも、こういう小ネタを沢山ストックしておかないと気の利いた伴奏はできません。

一般音楽で言うと即興で入れるフィルやオブリガードに近いですが、フラメンコの伴奏用のネタは1コンパス以上の長いサイズのものも多いです。

フラメンコギターの音楽単位

このようにフラメンコギターの基本的音楽単位は一般音楽のような「曲」ではなく、またモダンジャズのような「コード進行+純粋なインプロビゼーション」でもなく、形式ごとの基本パターン+ファルセータ+伴奏用の小ネタなのです。

フラメンコは即興性が強いですが、決められたコード進行への対応に特化したモダンジャズともまた異なり、歌と踊りの変化にリアルタイムに対処するためのフォーマットと言えます。

フラメンコを「音楽」として演奏する場合、上記のような伴奏用のネタを繋ぎ合わせたものから、完全に作曲をして全ての楽器をアレンジしてしまうようなものまで、かなりの幅があります。

フュージョン・POP的な表現になってくると他ジャンルの奏者とのアンサンブルも増えてくるため、一般的な音楽に歩み寄っていき、「曲」や「コード進行」「1コーラス、2コーラス」「Aメロ、サビ」といった一般的な音楽単位での処理も増えていきます。

「音楽」としてのカンテ

ここまで、ギターのことについてお話しましたが、カンテに関しては、以下の4段階に分けられると思います。

  1. 伝統的な「定型」
  2. 「定型」をその歌手なりにアレンジしたもの
  3. 自分で作詞作曲したもの
  4. 完全なフュージョン・フラメンコポップ・オリジナルな音楽

1.が最も独自ルールが多く、下に行くにしたがって一般的な音楽のやりかたに近づいていくのはギターと同様です。

ただ、1.は昔の発展期の歌手が、2.や3.をした結果定着して定型化したものであり、現在だと例えば、カマロンとかエンリケ・モレンテが作った歌は「定型」として定着しつつあるし、はっきりと分けられるものではなく連続的なものだと思います。

カポタストの使用について

フラメンコ音楽を演奏する上で非常に厄介な問題が一つあります。

それは、カポタストの使用です。

ギター以外の楽器プレイヤーにとって、フラメンコへの最大の参入障壁になっていることの一つがこれです。

フラメンコギターはカンテを最高のコンディションで歌ってもらうために、カポタストを常用します。

ギター単体でも演奏性を高めたり、シャキっとした音色を求めてカポタストの使用をします。

ギターや歌のCDを聴いていても、実音は難しいキーでやってるように聴こえますが、実はカポをつけていて調号が増えているっていう場合がほとんどです。

ギターでの伴奏の場合、1つのネタをポル・メディオとポル・アリーバ、あるいはEとAとか、そのあたりの2つのキーで弾けさえすれば、後はカポタストでほとんどのキーに対応可能ですが、鍵盤楽器や管楽器はそうはいきません。

そして、絶対音感があったり譜面が読めたりして、そうしたものを手掛かりに音楽をやってきた人にとっては、かなり難儀な問題です。

ただでさえリズムも複雑なのに、12のキー全部暗譜して即興で出せるようにしておくとか、かなり無理がありますよね……。

これの解消法は自分も今考えているところですが、いくつか解決策をあげてみます。

電子楽器を使ってトランスポーズ機能を使う

これはカポタストと同じ発想で、電子楽器のトランスポーズ機能(音程をずらす機能)を使えば全てのキーに対応可能です。

しかし、絶対音感や譜面を頼りに演奏しているプレイヤーにとっては根本から発想を変えないといけませんし、そもそも生楽器で使用不可というのはフラメンコとの親和性の面でかなり厳しいように思います。

複数のキーの楽器を用意する

楽器の特性次第ですが、楽器を持ち変えることで同じ指使いで違うキーで演奏できれば、ということです。

これは実際に運用可能な楽器がかなり限られます。

でも結局、半音単位の変更には対処できなそうですが。

カンテのキーを固定してもらう

歌い手にキーを固定してもらえれば、1つの形式につき、男性歌手用・女性歌手用に2つのキーを弾けるようにしておけば結構対応できると思います。

例えばソレアなら女性なら7カポ相当(本当は8とかなんだけどギター的に7くらいが限界なので習慣的に7が多い)のBスパニッシュ、男性なら4カポ相当のG♯スパニッシュの2種類のキーが弾ければ最低限の対応はできます。

このように、一つの形式につき男性用と女性用で短3度か長3度のインターバルの2つのキーで練習しておくと良いと思います。

今挙げた3つの案の中だと、この案が一番現実的だと思います。

これは、リハーサルの時(出来たら事前に)などに歌い手にキーを確認して「本番もキーを変えないでください」と、お願いするしかないです。

ただ、フラメンコの歌手のなかにはキーの固定を嫌がる人も居るかもしれません。

カンテは音域ギリギリで歌うのが声に張りと緊張感が出るので、その日のコンディションによってベストのキーで歌いたい、というのが歌い手の本音でしょう。

無論、歌が入らないなら、ギタリストと相談で好きなキーに設定できます。

現代のフラメンコ奏者に必要なスタンス

現代のフラメンコ奏者は、伝統的なフラメンコのやり方と一般的な音楽のやり方と、両方出来るのが理想と思います。

伝統的なフラメンコのやり方を知らないと、フラメンコ音楽を再現できないのはもちろんのことですが、逆に一般的な音楽のやり方も知らないと、外部に対して説明ができず、横に広げていけないからです。

昔と違い、今は情報化社会で誰でも手軽に世界中の音楽を聴くことが出来るし、素晴らしい音楽やアーティストの情報も容易く得られます。

そのような時代なので、積極的に情報を摂取して様々なことを吸収していく事が重要に思います。

そして日本では踊りが中心で、音楽のほうは「情熱的」とか「激しい」というイメージだけが先行して、音楽にそんなに拘りのない一般の人はもちろんですが、音楽に精通した他ジャンルの音楽家にすら、その実体はほとんど理解されていないように思います。

自分はフラメンコの音楽が大好きですし、少しでも多くの人にそのカッコよさを理解してもらって、一緒に楽しみたい。そういう気持ちが強いです。

この「フラメンコ音楽論」では、そういう思考に従って、今までの研究の成果をどんどん書いていきたいと思います。

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