現役世代の歌い手【フラメンコ音楽論35】

ここ数回に渡り、フラメンコ音楽論では「フラメンコ音楽現代史」というテーマを執筆中で、前回は現役世代のギタリストの紹介をしました。

今回は現役世代の歌い手の紹介をしようと思います。

今回も第3世代も含めての紹介で、CDなどで音源作品を聴くことができる歌手を中心にご紹介します。

カルメン・リナーレス(Carmen Linares)

カルメン・リナーレスは、伝統派カンテの担い手でカンテ研究の第一人者でもあります。

1951年生まれで世代的にはカマロン(Camaron)と同年代ですが、カルメン・リナーレスは今も現役バリバリなので、今回の現役アーティスト紹介に入れました。

リナーレスのCDはカンテの教科書のようで、カンテを勉強するなら、まず聴くことをお薦めしたいものと思います。

ホセ・メルセー(Jose Merce)

ホセ・メルセーは、1955年にヒターノの名門一家に生まれ、若い頃は踊り伴唱をたくさんやっていました。

1990年代から歌のCDを多数発表していて、伝統的なものからポップ・フュージョン的なものまでバランス良くこなす器用さが持ち味です。

1998年にビセンテ・アミーゴ(Vicente Amigo)がプロデュースした『Del Amanecer』のヒットで一躍有名になり、以降も第一線で息の長い活動を続けています。

エル・ペレ(El Pele)

エル・ペレは、ビセンテ・アミーゴを発掘してコンビを組んでいた歌い手、ということで有名かもしれませが、ペレ自身も、現在スタンダード化して歌われている歌を作曲していたり、めちゃめちゃ凄いアーティストと思います。

歌唱スタイルとしては見た目に反して美声のハイトーンで、オリジナリティー溢れる繊細なラインを歌います。

ドゥケンデ(Duquende)

ドゥケンデはフラメンコ界を代表する超実力派の歌手です。

1988年にデビューアルバムを発表。

声質や歌唱法がカマロンを彷彿とさせるために、デビュー後しばらくはポスト・カマロン的な扱われかたをしていましたが、アルバムを重ねるごとにドゥケンデの独自性が出てきた感じがします。

時にかなり神経質で難解な歌い方をする人で、天才肌というか、他を寄せ付けない孤高のものを感じます。

スペイン時代に何回もライブを見ましたが、いつも他のメンバーから少し離れて、うつ向いて歌っているイメージです。

ポティート(El Potito)

ポティートは1990年代初頭に天才少年歌手としてデビューして、2005年頃までは若手歌手のトップとして活躍した人です。

そのハイトーンでの歌唱力は飛び抜けていましたが、1992年の2ndアルバム『Macande』から声変わりして歌唱スタイルが大きく変わりました。

そして、2006年の音源作品『Barrio Alto』を最後に、2015年頃までの8年間ほど、フラメンコの世界から姿を消しています。

その間、カトリックの牧師さんになって讃美歌を歌っていたらしいですが、近年またフラメンコに復帰しています。

スペイン滞在中に良くポティートが出演するライブを見に行っていましたが、ホルヘ・パルドやエル・ボラの音楽をバックに、ブレリアやタンゴを自在に歌うのが印象的でした。

マイテ・マルティン(Mayte Martin)

マイテ・マルティンは、バルセロナ出身の女性歌手です。1994年にデビューCDを発表。

伝統的スタイルからややポップ寄りの曲まで歌いますが、なんというか、非常に真面目な印象で、とくに古い歌への相当なこだわりと研究者気質を感じます。

ディエゴ・エル・シガーラ(Diego el Cigala)

ディエゴ・エル・シガーラは、中堅カンタオールのトップランナーです。

彼のカンテはカマロンのスタイルを発展させたような歌い方で「カマロンの正統的な後継者」というのがシガーラの一つの側面ですが(自分はそう感じます)、彼の音楽活動は既にフラメンコの枠を飛び越えた幅広いものになっています。

シガーラは1998年にCDデビューをしていますが、2000年代から各方面のミュージシャンと共演を重ね、ラテン部門で4度グラミー賞を受賞しています。

自分はスペイン滞在中に数回、デビュー前のシガーラのライブを見に行っていて、その時は正直そんなに強い印象は無かったんですが、その後CD作品を出す度にグレードアップする彼の才能に驚いたものです。

シガーラの特徴は、その自己プロデュース力、発想力、創作力であり、音源などの緻密に作り込まれた作品で最大に発揮されるものと思います。ニーニョ・ホセレ(Niño Josele)とのコンビは絶妙でした。

エストレージャ・モレンテとキキ・モレンテ(Estrella Morente,Kiki Morente)

前々回紹介したエンリケ・モレンテ(Enrique Morente)の子供達は現在のフラメンコシーンを牽引する歌い手に成長しています。

姉のエストレージャは1980年生まれで2001年にデビューアルバムを発表。

細かい音程を駆使する歌唱法は父親譲りで、フラメンコ歌手としては父同様に特異なスタイルですが、彼女の歌はあくまで気品に満ちていて、無二のものです。

デビュー以来、若手女性歌手としてトップの評価を受けています。

エストレージャは新しいことに挑戦する一方で出身地グラナダの伝統的な歌を掘り起こしたりしていて、バランスのとれた活動を続けています。

弟のキキは1989年生まれの若手で、正統派のカンタオールです。

2010年からソロ活動を開始、2017年にデビューアルバムを発表しています。

なお、エストレージャとキキの間にもう1人、ソレア・モレンテ(Solea Morente)という人がいて、ポップな音楽を中心とした活動をしています。

モンセ・コルテス(Montse Cortes)

モンセ・コルテスは1972年生まれのバルセロナ出身の女性歌手です。

2000年にデビューアルバムを発表。同時期にホアキン・コルテス(Joaquin Cortes)、ファン・デ・ファン(Juan de Juan)、サラ・バラス(Sara Baras)などの踊り伴唱でも活躍しています。

2000年代は若手女性歌手としてエストレージャ・モレンテと人気を二分していました。

モンセ・コルテスは、フラメンコ的な恵まれた声質で、技術も飛びぬけて高く、伝統的なスタイルからポップまで、なんでも良い感じで歌います。

自分は男性歌手ならシガーラ、女性歌手ならモンセ・コルテスが1番好きです。

ミゲル・ポベーダ(Miguel Poveda)

1973年生まれ、バルセロナ出身の歌い手です。バルセロナの歌い手に共通の傾向ですが、彼もまた真面目で勉強熱心なイメージです。

フラメンコのカンテは一般的に男性でも半裏声?のような発声で高いピッチで歌うスタイルの人が多いんですが、ミゲル・ポベーダはわりと地声で低いピッチで歌う比率が高く、それが彼の個性にもなっています。

よく同郷のギタリスト、チクエロ(Chicuelo)とコンビを組みます。

アルカンヘル(Arcangel)

アルカンヘル(本名はFrancisco Jose Arcangel Ramos)は1977年カディスの生まれで、ソロ・コンパスのレコーディングなどに参加したあと、2001年にCDデビューしています。

彼はどちらかというと、音源作品で真価を発揮するタイプだと思います。

数年間スタジオに籠って音源を作ったりしていて、細かい事までこだわり抜いて自分自身で制作作業をしているとききます。

彼の歌唱スタイルはハイトーンの繊細もので、伝統的なものへの研究心と彼独自の新しい表現が高いレベルで両立されていて、音源作品はアレンジと歌のラインが作り込まれていて聴きごたえがあります。

マカニータ(La Macanita)

ラ・マカニータ(本名はTomasa Guerrero Carrasco)は1969年ヘレス生まれの女性歌手です。

1989年にデビューアルバムを発表しますが、地元ヘレスでは子供のときから有名な存在だったようです。

自分は1998年のアルバム『Xeres』(ギターはモライート親子)を聴いてファンになりました。

歌い方はヒターナらしい荒々しいものがありますが、歌のラインはキューバ音楽・ブラジル音楽・シャンソンのエッセンスもあって洒落ていたり、そういうバランスが好みのツボに入って、一時期こればかり聴いていました。

マカニータは純フラメンコを歌うと普通にめちゃ上手なんですが、『Xeres』のように音源作品では創作・ポップ寄りな現代的な面が強く出てきます。

エスペランサ・フェルナンデス(Esperanza Fernandez)

エスペランサ・フェルナンデスは1966年生まれで、セビージャのヒターノの名門であるフェルナンデス一家の歌い手です。

彼女は若い時から頻繁に来日していて、日本での知名度・人気も非常に高いですよね。

長年、ギターのミゲル・アンへル・コルテスとコンビを組んでいます。

なお、フェルナンデス一家はエスペランサの他にも、クーロ・フェルナンデス(カンテ)、パコ・フェルナンデス(ギター)など有名アーティストを多数輩出しています。

マヌエル・アグヘータとドローレス・アグヘータ(Manuel Agujetas,Dolores Agujetas)

純粋派カンテの担い手であるアグヘータ一家はライフスタイルも昔ながらのヒターノの暮らしを重んじていて、滅多にメディアにも出ないし、CDや世界公演などで名声を追うこともありません。

そういう神秘性もあって、アグヘータ一家はフラメンコの世界では尊敬・畏怖される存在です。

1939年生まれで2015年になくなったマヌエル・アグヘータは不世出の名手で、比較的音源も残しています。

彼は歌で有名になった後も鍛冶屋の仕事を続けたらしいですね。

マヌエルの娘のドローレス・アグヘータは現在アグヘータファミリーの中核的な歌い手で、ギタリストの俵英三氏と親交があり、俵氏に招聘されたりして、今までに数度来日しています。

ブレリア・タンゴなどが中心のポップ寄りの歌手

スペインにはブレリアやタンゴ、ルンバを専門に歌う歌手が数多くいます。

いわゆるフェステーロと呼ばれる歌手ですが、パーティー盛り上げ要員というか、昔から一定需要があるといいます。

でも、実はこのあたりが一番カテゴライズが難しく、この後予定しているフラメンコポップ、フラメンコフュージョンの記事で紹介するべきか、純フラメンコ枠に入れるべきか、迷う人が多いんですが、カンテの要素が一定以上あるソロ名義のアーティストは、ここで純フラメンコ枠として紹介いたします。

ポップ寄りといっても、ここで紹介するのは、その気になれぱゴリゴリの正統派カンテを歌える人ばかりです。

なお、楽器演奏や作曲家の要素が強いアーティストはフラメンコポップの記事で紹介しようかと思います。

ラ・スーシー(La Susi)

スーシーは1955年アリカンテ生まれの女性歌手です。

兄にマヌエラ・カラスコ(Manuela Carrasco)の夫であるギタリスト、ホアキン・アマドール(Joaquin Amador)がいます。

スーシーは踊り手としてキャリアをスタートしましたが、マドリードのタブラオなどでフェステーラとして歌っていたのをパコ・デ・ルシアが聴いて歌手デビュー(1977年)に至ったといいます。

スーシーの主なレパートリーはタンゴやブレリア、タンギージョなどの軽快な曲ですが、ソレアやマラゲーニャなども得意としていて、正統的カンテも相当なハイレベルで歌います。

自分のイメージとしてはスペインの八代亜紀。

レメディオス・アマジャ(Remedios Amaya)

レメディオス・アマジャは、1962年セビージャ生まれの女性歌手です。

1978年にデビューアルバムを発表。1980年代はフラメンコ・ロック的な作風の作品も出しています。

そして、レメディオス・アマジャといえば一番有名なのが1997年、ビセンテ・アミーゴがプロデュースした『Me voy contigo』です。これが大ヒットして、一躍、時の人となります。

その後何枚かアルバムを発表してから、しばらく名前をきかなかったのですが、2016年に久々にアルバムを出しました。

CD作品では、ブレリア、タンゴ、ルンバを中心に歌っていますが、純フラメンコも普通に歌えるんだと思います。

ニーニャ・パストーリ(Niña Pastori)

ニーニャ・パストーリ(本名はMaria Rosa Garcia Garcia)1978年サンフェルナンド(カディスの隣町)生まれのフラメンコポップ歌手で、一般のヒットチャートにも登場したりして、フラメンコ系では最も知名度の高い歌手の一人です。

幼少の頃からカンテを歌っていて、カマロンに教えを受けたこともあるといいますし、純フラメンコも一流のレベルで歌えるのだと思います。

1996年にスペインのタブラオでCDデビュー直後の彼女のライブを見ましたが、ブレリア、タンゴのみならず、カンティーニャ、ソレア、リブレのファンダンゴなど、半分以上はスタンダードなフラメンコのレパートリーでした。

それからしばらくして「トゥーめーかめーらぁー」のルンバタンゴが死ぬほど売れて、その後日本に帰ってきたら、学生フラメンコの子たちが合唱していたから、フラメンコ系アーティストとしては凄まじい伝播力ですよね。

カネリータ(Canelita)

カネリータは1989年アルへシーラスの生まれで、同郷のパコ・デ・ルシアによって見いだされて、2004年にCDデビューしています。

デビューから既に15年以上経過するので、キャリア的には中堅の域ですが、デビュー時、まだ声変わり前の子供でしたからねー。

カネリータは「天才少年歌手としてデビューして声変わりで壁にぶつかる」など、いろんな意味で往年のポティートとイメージが被ります。

自分のなかでは「歌くっそ上手いけど目つきのヤバい子供」だったんですが、そんな彼も、もう30歳になるんですね。

ニーニャ・パストーリ同様、フラメンコ系の歌手としては最も売れている人です。

純フラメンコに関しては、時折ソレア系の歌を歌いますが、基本的にあまり重い歌は歌いません。

――以上、今回は自分が解説できる範囲でメジャーな歌い手を紹介しました。

ギタリストもそうだったんですが、最初に下書きしたときはこれの倍くらいのボリュームになってしまって、さすがに多すぎるので、頭を悩ませながら削りましたが、また機会があったら個別に紹介したいと思います。

この紹介記事の趣旨として「フラメンコが専門ではない人が現代フラメンコの全体像をスピーディーに把握できるように解説したい」というのがあるので、あまり自分の好みで選んでしまうと、後でバランスを考えて「この人を入れるんなら、あの人も入れないと」となって、とんでもない量になってきますので、今回はこれくらいで。

次回からは、踊り手とフラメンコポップ系のアーティストを紹介していきたいと思います。

フラメンコ音楽論 前回

現役世代のギタリスト【フラメンコ音楽論34】
今、フラメンコ音楽論では「フラメンコ音楽現代史」というテーマで執筆中ですが、今回はパコ・デ・ルシアら第3世代の後に続く現役世代のギタリスト達をご紹介します。

フラメンコ音楽論 次回

現役世代の踊り手【フラメンコ音楽論36】
フラメンコ音楽論第36回は「フラメンコ音楽現代史その5」として現役世代の踊り手の紹介です。フラメンコの踊りは打楽器の役割も兼ねていて音楽と密接な関係にあります。

コメント