楽譜の活用法【フラメンコ音楽論46】

前回までで、フラメンコのリズム面の話から、フラメンコのアンサンブルの方法論といったことをやってきましたが、今回は、フラメンコのアンサンブル考察の一環として『楽譜の活用法』という事を考えてみます。

今まで解説してきたように、フラメンコの音楽には独自のフォーマットがあり、普通は楽譜を使いません。

ですが、他ジャンルの奏者とアンサンブルしたり、一緒に制作したりする場合、譜面も上手く活用しないと、スムーズに伝達しあえないという問題が出てきます。
このあたりが今回のテーマです。

ギターは読譜が難しい楽器

フラメンコに限らず、ギターは読譜しながらの演奏に適さない楽器です。
これは以下のような理由からです。

  • 同じ音が色んな場所で出るので迷いやすい
  • 運指を工夫しないと、音を把握しただけでは瞬時に弾けないときがある

クラシックギタリストでさえ、他の楽器に比べて読譜演奏が難しいために暗譜の比率が高くなり、譜面は補助という場合が多いんではないかと。

奏者によって読譜力は差があると思いますが、何度か演奏して運指の形で記憶するほうが楽ですよね。

フラメンコギターの場合

フラメンコギターは伝統的に楽譜は使いません。

今説明した通り、もともとギターというのは読譜に適さない楽器ですが、フラメンコの場合は歌や踊りに伴奏をつけるためのフォーマットとして発展してきたため、決められたものの再現よりも即応性を重視してきました。

その結果、楽譜の出番はなかったということです。

現在でも、レコーディングや打ち合わせの時に譜面を使うこともあるでしょうが、ライブ演奏では基本全て暗譜、暗譜で弾けないものは弾かない、という世界ですね。

フラメンコギターは音数が多くてリズムも複雑でどうやって覚えるの?と、思われるかたが多そうですが、一定のパターンがあって、それにそって『ある程度即興的に』弾いています。

ファルセータという演奏単位

フラメンコギターの伴奏のリズムプレイ部分は完全に即興・パターン演奏で、即応性が命になります。

一方、ギターソロや伴奏の中のメロディー的な部分はファルセータという、それ単体で完結している短い曲で構成されていています。

ファルセータは必要サイズに応じて単体で弾いたり、幾つか繋ぎ合わせて弾いたりしますが、ある程度決まっているものを暗譜して弾いています。

ファルセータの細かいところをどこまで決めて弾くか?は奏者によって違いますが、完全にアレンジを決めて1音違わずに暗譜して弾く場合から、コードや重要なフレーズだけ大まかに決めて、その場の雰囲気で適当に弾く場合まで、いろいろです。

ファルセータは4~8コンパス(8~32小節程度)という比較的短い単位で作られていますが、以下のような理由でそうなっています。

  • 暗譜演奏に無理がない長さ
  • 引き出しとしてストックして次々に出していくのに適した長さ

歌とギターと踊り含めた打楽器だけでやる場合は『即興の伴奏部分+ある程度決まったファルセータ』というシステムは合理的で、ずっとそうやって発展してきたわけです。

リズム最優先の傾向

これも譜面を使わない理由の一つとなっていますが、フラメンコというジャンルの傾向として、リズム最優先という考え方があります。

・リズム的に極限の処理をしたいから、譜面など見ていたらついていけなくなる

・1音の間違いを気にしていたらリズムが乱れる原因になる

という感じで、その場で出たリズムへの即応ということに特化した結果、譜面を使用する方向にいかなかった、ということかと。

近年の傾向

そうやってガラパゴス的に発展してきたフラメンコギターの演奏方法ですが、1980年代以降フラメンコ周辺の音楽も多様化・複雑化してきて、様々なジャンルの楽器奏者と共演する機会が増えてきています。

そうすると、従来の暗譜とパターン処理だけでは難しいことも多くなってきました。

フラメンコと他ジャンルのアンサンブル

ここから先、お話するのはフラメンコ奏者(踊りなども含む)と他ジャンルの楽器奏者のアンサンブルや、他のジャンルの楽器奏者がフラメンコの演奏をしたい、という場合に発生する課題への考察です。

フラメンコの経験がない楽器奏者は、本稿で書いているような、リズム形式のカウント方法やモードやコードを理解したとしても、実際問題としてフラメンコらしい演奏をするのに、最初はかなり細かいアレンジを決めて取り組まないと、難しいものがあると思います。

逆にフラメンコの奏者は自分のやっていることを記述して伝えられなかったり、自分達がやっていることの特殊性を把握しておらず(カンテや踊りで、楽器未経験の人に多い)、キーやサイズをコロコロ変えてしまったり、そういう問題があると思います。

これらの問題を解決するには、やる音楽の内容と、各奏者の担当楽器・読譜力・出身ジャンル・演奏レベルによって方法は変わってきますが、お互いに歩み寄る必要があります。

楽譜の使用方法

譜面を使って伝達の問題を解決する場合、4段階くらい選択肢があると思います。

  1. 完全なスコア譜
    作曲家が細かいアレンジまで全てコントロールしたい場合など
  2. 簡易的な譜面(コードネーム+メロディーなど)
    細かい部分は奏者に委ねられる
  3. コード譜
    メロディーは暗譜
  4. 暗譜+メモ書き
    フラメンコ式

アンサンブルに参加するメンバーそれぞれが違う方法をとったとしても、アンサンブルは可能です。

ですが、例えば1.の完全スコアの環境に4.の暗譜でやる人が入る場合、4.の人は事前に練習してスコアを全部覚える必要があるし、現場はそのための時間を与えないといけません。
参考音源なども用意したほうがいいでしょう。

逆に4.のフラメンコ的な環境に、1.の譜面で音楽をやっている人が入る場合、1.の人は現場の音を録音、耳コピーして自分用の譜面を作る必要があります。

共演者も1.の人に配慮して、本番当日のキーやアレンジ変更、サイズ変更を伴う即興などは避けたほうがいいです。

個人的なお薦め方法

この問題は、奏者や現場ごとに対応方法が違うと思うし、正解というものはなく、上手く回っていればそれでいいのですが、個人的にお薦めなのは、上で挙げた、2.(簡易譜面使用)とか3.(コード譜のみ使用)の中間的な方法です。

簡易的な譜面やコード譜ということですが、これが1.や4.の長所を採り入れつつ、対応力が高そうに思います。

1.(完全スコア譜使用)は、DTM主体で音源を作るような場合は有効な方法と思いますが、リハーサルしながらアレンジする場合などは手間がかかりすぎます。
変更点を全員がちゃんと修正したか?も不確かなので、変更のたびに譜面を人数分刷らなければならなかったり。
奏者の人数が増えると、それぞれのパート譜を用意したり、それらが膨大な手間になってきます。

4.(譜面は使わずに暗譜)は事務的な手間はゼロですが、全て言葉と演奏のやりとりと、ICレコーダーやスマホなどの録音、メモ書きで完結させなければならないので、一定以上複雑なことを伝えたりするのに苦労します。
なにより全員が共有できる整理された記録が残せないし、メモ書きなどをするにしても、全員が異なる方法でやっていると齟齬が生じやすいです。

2.と3.の簡易譜面・コード譜をお薦めするのは、1.ほどの手間をかけずにある程度複雑な情報共有ができるからです。

2.と3.は下のような使い分けが良いと思います。

  • 読譜が得意でアレンジを譜面で書いておきたい人や、その場での変更や即興が少ない現場なら2.の簡易的譜面
  • 暗譜のほうが得意な人や、その場の変更・即興が多い現場なら3.のコード譜

自分のやりかた

自分は3.のコード譜メインですが、アレンジが決められていて暗譜に不安がある場合は、2.の簡易譜面を作ります。

自分はフラメンコギタリストなので、もともと暗譜の人間だし、コード譜なら1曲につきA4用紙1枚で完結できるので一覧性が良く、修正・管理も楽です。

自分は普通のコード譜のみでは情報量が不足するので、対応力を高めるための工夫していますが、参考までにその方法を書いておきます。

  • コード譜は1段につき4小節などの決まった書式にして、瞬時にサイズが把握できるようにする。必要に応じて段組みして1ページを左右に2分割する。
  • 原則、リピート記号・ダルセーニョ・ダカーポ等は使わずに実際の演奏サイズで記載。こうすると頭から順に演奏すればいいので見失うリスクが激減する。コード譜なら段組みや文字サイズ調整で一曲をA4用紙1枚に収めることができる。
  • 他のメンバーの譜面との互換性をとるために、段の先頭に小節番号をふる。1段4小節なら4小節ごとに小節番号を書き込んでおけば、小節番号での伝達ができる。
  • コード譜の段間を大きめに開けて、メモスペースとする。スペースに余裕があるなら五線を印刷しておけば、リハーサル中に音符を書き込むこともできる。

色々な方法を試しましたが、自分はこんな形に落ち着いています。

――いずれの方法でやるにしろ、フラメンコ+他ジャンル奏者でアンサンブルする場合は下記のように歩み寄ることで、大抵の問題は解決できるんではないでしょうか?

  • 譜面メインの人は暗譜したり、即興でやれる部分を増やして、譜面への依存度を下げておく
  • 暗譜でやっている人は、自分は暗譜で演奏するにしても、自分がやりたいことを譜面やコード譜で書いて共有できるようにしておく

フラメンコ音楽論 前回

パルマのリズムパターン【フラメンコ音楽論45】
フラメンコ音楽論 第44回はフラメンコのアンサンブルで鍵になるパルマ(手拍子)のリズムパターンを『コンパス=サイクル理論』を用いて解析します。

フラメンコ音楽論 次回

コメント