フラメンコ音楽論では前回までで、フラメンコのリズムを直感的に理解する一つの方法として「コンパス=サイクル理論」という考え方を書いてきましたが、「コンパス=サイクル理論」などで訓練してコンパスを外さずにとれるようになったとしても、それはスタート地点に過ぎません。
フラメンコの一番難しく、またスペイン人と日本人の差が一番顕著なのが、リズムのニュアンスといった、もっと細かい部分なのです。
それは、とても文章で表現しきれるものではなく、ひたすら聴いて真似をしていく以外にないのですが、今回は「少しでもその手掛かりになれば」と思い、フラメンコのリズムの細かい部分について書いてみようと思います。
今から書くことは、結果としてリズムをとりづらくしたり、演奏の難易度を上げてしまうことになります。
なぜ、そうやって、わざわざ難しくするのか?というと「結果、そのほうがカッコいいから」――それだけなんですが、芸術や音楽って、それが全てですからね。
コンパスのアクセントと音の強弱
一般の音楽だと「アクセント」というと「強い拍」という認識ですが、フラメンコのコンパスのアクセントは少し意味合いが違います。
アクセント拍を強く演奏する場合もありますが、逆に音を出さない場合もあるし、必ずしもコンパス上のアクセントと実際に演奏する音の強弱は一致しません。
フラメンコのコンパスの「アクセント」(スペイン語では「アセント」)は、コンパスのサイクル、感じかた、区切り、みたいなものを便宜上「アクセント」=「アセント」と表現しているわけです。
「アクセント」という言葉をそのまま解釈してしまって、ブレリアを下のように演奏しても、なんかイマイチじゃないですか?
⑫ 1 2 ③ 4 5 ⑥ 7 ⑧ 9 ⑩ 11
(◯の拍を強く演奏する)
もちろん、そうやってアクセント通りに強弱させて演奏する場合もあるし、初心者に教えるのには、そうやって「アクセントを強く!」ってやったほうが理解させやすいかもしれません。
でも、フラメンコのコンパスのアクセントと言われるものは「共有すべきベースサイクル」であって、実際に強く演奏するか?はまた別の話なのです。
例えば、パルマではアクセントに足を入れたりしますよね。
パルマの時、足を踏むのはコンパス=サイクル理論と同様に「サイクル共有の手段」と思いますが、手のほうを強く叩くか?というとまた別の問題なわけです。
フラメンコのコンパスにおいては「アクセント」=「アセント」という言葉は誤解を生みやすいと思います。
出ていない音が重要
フラメンコのコンパスを演奏するとき、長い音符や休符の長さを正確にとる、というのは非常に重要になってきます。
なんですが、フラメンコのコンパスって、重要な拍を敢えて音を出さなかったりして、頭のハッキリしたビートに慣れていると拍の長さがとりづらく感じることが多いと思います。
タンゴだと1拍目を出さずに2と4が強くて、ブレリアなら12を出さずに1と3が強かったりしますよね?
「コンパス=サイクル理論」の最初のほうで「フラメンコのリズムはサイクルの頭の音を強く出さないことが多い」と書きましたが、サイクルの頭でパルマもギターのゴルペも入らず、無音になる瞬間が結構あります。
でも、実際の演奏では音が出ていないところも軽く足を踏んでいたり、何かしらのアクションをしていたりします。
例えば、口の中で舌打ちしてリズムをとっていたり。
ライブやレコーディングではそういう音はマイクで録っていないので聴こえないだけで、サイクルの頭などの重要な拍はしっかり感じているわけです。
連符について
次は連符・修飾音符の話をします。
フラメンコで使う連符ですが、5連符とか7連符とか、割りきれないものが多いです。
これも、上の頭抜きリズムと同じで「カッコいいから」そうなってきました。
実際に弾き比べてみると、4連符や6連符で全て処理してしまうと、コンパスのニュアンスが硬い感じになりますが、5連符や7連符を混ぜていくと、ヒターノが出すような有機的なコンパスに少し近付く感じがしませんか?
連符の入りかたと抜けかた
修飾音などの連符の入るタイミングは、連符の一番最初の音を抜かして(休符にして)入る場合が多いです。
譜面で16分音符(4連符)で書いてあるものも、実は5連符の頭1つ音を抜いた形だったりとか。
連符の抜けるタイミングも、次の拍の頭まで出さずに終わったり、ギターなら次の拍の頭はゴルペのみだったり、逆にわざと少し字余りにして裏拍に抜けたりすることが多いです。
でも、踊り伴奏のキメやジャマーダで踊りが表に抜けるのなら、そういう遊びを入れてしまうと間違えたと思われてしまうので、全員できっちり表に抜けます。
そういうところは空気を読んでケースバイケースですね。
連符ずらし
例えばギターの場合、3連符を弾くためのラスゲアードパターンで4連符や5連符を弾いたり、4連符を弾くためのラスゲアードパターンで3連符や5連符を弾いたりとか、わざと指使いとリズムをずらしてやることが多いです。
踊りだったら、3連符用のサパテアードパターンで4連符をやったりとかです。
拍に対してフレーズがズレていく感じがカッコいいんですが、普通に3連や4連をやるのに比べて、より強固なリズム感が求められます。
フラメンコのリズムアンサンブル
このように、フラメンコのリズムは裏拍が多かったり、重要な拍を出さなかったり、変わった連符の使い方をしたりで、難易度が高いと思うんですが、実際にはどうやって合わせているのか?というのを書いてみます。
アンサンブル方法は、演奏者全員のレベルや会場の環境によって変わってきますが、基本は全員がパルマに合わせます。
パルマは複雑なリズムアンサンブルをやるフラメンコではメトロノームやクリック音みたいな役割で、ソロコンパスのCDなどで一人で練習する場合も、パルマの音に集中すると合わせやすくなると思います。
タイム感共有が難しい場合
問題はパルマが居なかったり、パルマが居ても不安定だったり、演奏者のレベルが足りずにタイム感が共有できない時などです。
こういう場合、大抵は以下のようなやり方で対処します。
- サイクルの頭やコンパスのアクセントで全員で足を踏んで、その足の音を揃えるようにしてタイム感を共有する
- サパテアードや伴奏のギターのリズムを簡略化する
- テンポを下げる
出来たらやりたくはないことですが、演奏が空中分解するよりはマシですよね。
とくに、1.のやりかたは相手にコンパスサイクルを伝えるのに有効ですので、ギター、カンテ、他の楽器奏者も、演奏しながらサイクルやコンパスのアクセントを足で踏んで出せるようにしておきましょう。
逆に言えば、それも出来ないほどの難易度のものは空中分解リスクが高くなるので、簡略化したり、他のものに差し替えたほうが良いと思います。
――今回はリズムのニュアンスやアンサンブル方法についてやりましたが、こういう内容は重要度が高いわりに文章化が難しいですよね。
次回は、フラメンコのアンサンブルをする上で重要になる、パルマのリズムパターンをやろうと思います。
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