フラメンコ・ポップとフラメンコ・フュージョン~ソロアーティスト編【フラメンコ音楽論37】

『フラメンコ音楽現代史』の一環としてこれまでに、ギタリスト、歌い手、踊り手と、純フラメンコのアーティストを紹介してきましたが、今回からは現代フラメンコが生んだ新たな形態である、フラメンコ・ポップとフラメンコ・フュージョンのアーティストを紹介いたします。

フラメンコ・ポップ、フラメンコ・フュージョンは、1970年代以降に成立したフラメンコ周辺音楽ジャンルです。

これにどこまで含めるか?というのが難しいですが、ここでは純フラメンコと一定以上の関連があるアーティストを紹介していきます。

フラメンコポップ、フラメンコフュージョンに関しては、他ではあまり扱っていないジャンルをまとめる、ということで、ちょっと力を入れて書いたところ、1回の記事量(最長でも10000文字までにしています)で収まらなかったので、ソロアーティスト&楽器奏者編と、バンド&プロデューサー編の二回に分けてお届けいたします。

今回はソロ名義アーティストと、フラメンコ系の楽器奏者(ギター以外)のご紹介です。

ソロ名義のアーティスト

まずはソロ名義のアーティストの紹介をします。

マンサニータ Mazanita

1970年代から活動している、元祖フラメンコポップ歌手の一人です。

ガルシア・ロルカの詩をポップにアレンジした『Verde』(1978年発表)があまりにも有名で、ベルデの人、というイメージかと思います。

血筋はゴリゴリのフラメンコで、マノロ・カラコールの甥っこだったりします。
2004年に48歳の若さで亡くなりました。

キコ・ベネーノ Kiko Veneno

フラメンコポップを語る上でキコ・ベネーノはキーパーソンです。

ケタマ、パタネグラが結成される5年以上前の1975年にキコ・ベネーノはパタネグラの二人とグループ・ベネーノを結成してアルバム(プロデューサーはリカルド・パチョン)を発表していますが、これがケタマとパタネグラからはじまる現在のフラメンコポップバンドの源流となりました。

そしてカマロンの1979年のアルバム『レジェンダ・デル・ティエンポ』にも参加、このアルバムを通して、アレンジ面でカマロンにも影響を与えています。

ベネーノのCDは自分も持っていますが、パタネグラよりロック寄りの音楽性です。
ベネーノがなければパタネグラも無かったかもしれません。

そのあと、キコ・ベネーノのソロ名義になって長年に渡って活動しています。
キコはマルティレス・デル・コンパスの結成にも関与しています。

歌手ですが、プロデューサー的な側面も強い人ですね。

なお、ケタマ、パタネグラ、マルティレス・デル・コンパスなどのグループは次回ご紹介します。

ディエゴ・カラスコ Diego Carrasco

ヘレス出身、1954年生まれ。
スペインが誇る鬼才でしょう。
もともとはギタリストで、普通に歌や踊りの伴奏をしていましたが、やがて歌も歌うようになります。

1984年にデビューアルバムを発表、独自の弾き語りスタイルを確立していきます。

ディエゴ・カラスコの音楽はブレリアをベースに色んな音楽を混ぜ混んで行く、というものから始まり、あらゆる音楽を取り込んで、唯一無二のものに進化してきました。

ライ・エレディア Ray Heredia

ケタマの初期メンバーで、1991年にアルバムを発表しますが、その発売を待たずに亡くなってしまいました。
ですが、そのたった一枚のアルバムの影響力が半端ではないです。
伝説的名盤と言ってもいいでしょう。

フラメンコポップ系のアーティストに話をきくと高確率でライ・エレディアの名前が上がります。

バルベリア・デル・スールのネグリとは親戚関係で、小さいとき同じ家で育ったといいます。

余談ですが、ネグリの姉妹とライ・エレディアの妹(妻の妹だったかも)で結成された『Las Negris』というグループがあって、ライ・エレディアのカバーをやるガールズバンドでしたが、かなり人気があってライブも盛況でした。

このグループ、今も活動しているようですね。

ホセ・ソト(ソルデリータ) Jose Soto “Sorderita”

ケタマの初期メンバーで、ケタマを脱退後にソロ活動を展開しています。
ヘレス出身で、兄弟に歌い手のエンリケ・ソト、ビセンテ・ソトがいます。

ソルデリータのライブはスペインで良く観に行っていたのですが、ほとんどが弾き語りのスタイルで、完全ソロ、もしくは打楽器やベースのみ、というような少人数編成でのライブが多かったです。

2001年の『Siete rios celestes』を最後に音源作品を出していませんが、ライブなどは継続している模様です。

トマシート Tomasito

1969年生まれ、ヘレス出身の歌い手・踊り手ですが、ロック、ポップ、クラブミュージック、ブレイクダンス、ヒップホップなどの要素をごちゃ混ぜにして、歌って踊る、ラップもやる、というアーティスト。
マイケル・ジャクソンになりたかったんだとか。

1993年にデビューアルバムを発表。
その後も何枚か音源作品をリリースしています。

最近また積極的に活動しているようです。

ホセ・エル・フランセス Jose el Frances

1971年モンペリエ生まれ。
スペイン系のフランス人です。

1992年のデビューアルバム『Las calles de San Blas』がスペインで大ヒットとなり、一躍有名になります。
あの、デカいラジカセをかついだジャケット写真のアルバムですが、フラメンコ・ポップ作品としては必聴版と思います。

カマロンに憧れてカンテを学んだというホセ・エル・フランセスがカマロンとの共演を夢見て作ったというタンギージョ『Una Rosa Pa Tu Pelo』は、カマロンの遺作『ポトロ』(1992年)に収録されています。

ディエゴ・アマドール “チューリ” Diego Amador “El Churri”

個人的にはフラメンコ界随一の才人と思ってます。
歌、ギター、ピアノ、打楽器そして作曲、すべてが超一流の水準です。

ちなみにピアノは完全な独学であそこまで行ったらしいです。

パタ・ネグラのライムンドとラファエルの弟で、活動開始当初は『パティータ・ネグラ』を名乗っていました。

1994年デビューアルバムを発表。
パタ・ネグラも意外とメロディックな曲が多いんですが、ディエゴも同様のメロディーセンスがあります。
ディエゴのほうが数段洗練されていてパタ・ネグラのような泥臭さは薄いですが。

あとは、キューバ音楽要素が強いですよね。
パティータ・ネグラ時代からオマーラ・ポルトゥオンドなどと共演したりしてます。

キューバ音楽といっても、ケタマやバルベリアが採り入れたサルサではなく、オマーラなどがやっている叙情的なものですね。

そのへんはニーニョ・ホセレ、ハビエル・リモン、ホルヘ・パルドなんかと共通した感覚で、コンテンポラリー・フラメンコ・ミュージックの一つの典型と思います。

リカルド・モレノ Rycardo Moreno

1981年、セビージャのレブリーハ生まれのギタリストです。

最近YouTubeで知ったギタリストでは、ギタリスト紹介のとき取り上げたペペ・フェルナンデスと、このリカルド・モレノの二人が自分的に本当に衝撃でした。

この二人だけは、現時点の知名度ということだと他の紹介アーティストに及びませんが、是非!紹介したいと思いました。

リカルド・モレノはフラメンコとピックギタリストの二刀流で、その音楽性からフラメンコ・フュージョンの枠で紹介することにしましたが、素晴らしいコンパス感と独自のフレージング、アイデア満載の作曲など、特異な才能の持ち主と思います。

以前はフュージョン音楽をやっていたようで、2001年頃にフュージョンのバンドでCDを出しています。

フラメンコ系の音楽はいつごろからやっているのか?は詳細がわかりませんが、土地柄、フラメンコには子供時代から親しんでいたようで、フラメンコギタリストとして知られる以前から、地元のセビージャでフラメンコアーティストへの曲提供、プロデュースなどをしていました。

2010年頃にはフラメンコギターの腕前が知られるようになり、ギタリストとしてもフラメンコの主要アーティストと共演するようになります。

そして2015年にヘラルド・ヌニェスの手引きでソロデビュー、2017年にセカンドアルバムを出しています。

ギター以外の楽器奏者

伝統的なフラメンコでは基本的に楽器はギターのみなんですが、1980年代くらいからパーカッションの使用が一般化したり、バンド形態のフラメンコ音楽が出てきたりして、ギター以外の楽器でフラメンコを演奏することも増えてきました。

ここでは、フラメンコ・フュージョン系の音楽に欠かせないギター以外の楽器プレイヤーを紹介します。

このジャンルは演奏されるようになってからまだ40年程度と歴史が浅いのもあり、創始者であるパコ・デ・ルシア・グループの人脈の影響力が未だに大きいです。

ホルヘ・パルド Jorge Pardo

ジャズ出身の管楽器奏者。
パコ・デ・ルシアのグループに参加していますが、ソロ作品も多数発表しています。

自分がはじめて聴いたホルヘ・パルドの作品は1991年の『Las cigarras sonquizasordas』でしたが、これは彼のファイバリッドアーティストであるマイルス・デイヴィスのナンバーのフラメンコアレンジがメインでした。
当時、フラメンコと平行して音楽学校でジャズを学習していた自分は非常に興味をそそられました。

そしてオリジナル曲がメインになった1993年の『Veloz hacia su sino』にはかなりの衝撃を受けました。

スペインにいた時、彼のライブを何回も見ましたが、ポティートなどが参加してフラメンコ色が強いときと、ジャズ系ミュージシャンのみで、フリースタイルインプロで1曲30分とか延々と演奏していたり、かなり幅がありました。

ルベン・ダンタス Rubem Dantas

ブラジル出身の打楽器奏者で、パコ・デ・ルシアのグループに参加しました。

彼はフラメンコにカホンを導入した張本人です。

カホンですが、フラメンコでは1980年代から普及して現在では欠かせない楽器となっています。

カホンはもともとフォルクローレなどで使われる南米の楽器(というか、多分、貧しくて楽器が買えない人が木の箱を叩いていたものと思われます)で、今はポップスなどの一般音楽ジャンルでも使われるようになり、ドラムスに近い表現が出来る小さな楽器ということで、小規模ライブやストリートライブに必須のアイテムです。

ティノ・ディ・ヘラルド Tino di Geraldo

フランス育ちのスペイン人で、メインは打楽器ですが、複数の楽器と作曲、音楽制作をこなすマルチなミュージシャンです。

フラメンコはディエゴ・カラスコのサポートをきっかけに、パコ・デ・ルシアのグループにも参加しました。

何枚かソロアルバムを出していますが、かなり実験的な感じで、ジャズやパンクロックの要素が強いです。

余談ですが、自分は彼が作ったフラメンコ音源素材集を持っていますが、カッコいいリズムパターンが多いので、未だに使用することもあります。

パキート・ゴンサレス Paquito Gonzalez

1981年生まれ、カディス出身の打楽器奏者。

カホンの教則本・DVDや、彼が監修したという、彼の名前が冠されたカホンで有名ですよね。
『パキート・ゴンサレス・カホン』は普通に日本の大手楽器店で扱ってますからね。

2000年頃にマノロサンルーカルに見いだされて以降、フラメンコの主要アーティストと仕事をするようになり、ビセンテ・アミーゴのツアーメンバーになっていたこともあります。

ピラーニャ Israel Suarez “Piraña”

本名イスラエル・スアレス、マドリード生まれ。
『ピラーニャ』の通称で知られる、パコ・デ・ルシアのバンドメンバーを10年以上務めたカホン奏者です。
バルベリア・デル・スールのパケーテの弟で、カホン奏者としてはニーニャ・パストーリのサポートとしてデビュー。
それからはフラメンコの主要アーティストの公演になくてはならない人材となっています。

彼はフラメンコのみならず、レニー・クラヴィッツ、リッキー・マーティン、チック・コリア、パキート・ド・リベラ、ウィントン・マルサリスなどの世界のビッグアーティストと共演しています。

それにしても、ラモン・エル・ポルトゲス(父)、グアディアナ(叔父)、パケーテ(兄)、みんな顔がそっくりで、猛烈な遺伝子を感じますね。

カルレス・ベナベン Carles Benavent

バルセロナ出身のベース奏者で、パコ・デ・ルシアのグループメンバーでした。

ソロアルバムも出していて、フラメンコ系のベース奏者というと名前が一番にあがる人です。

ジミ・ヘンドリックスに触発されたといいますが、ジャコ・パストリアスの影響も大きそうです。

彼のベース演奏は、縁の下で支えるベースラインではなく、速弾きもやるし、即興でオブリガードを大量に投入する派手なスタイルです。

1995年、事故で重症を負って引退状態となってしまって、復帰は難しいと思われていましたが、アルバム『Fenix』(1996年)を録音して復帰を果たしています。
その出来事は、自分は丁度スペインにいた前後で、感動して元気づけられたし、『Fenix』もすぐに近所のFNAC(スペインの書籍/CDチェーン店)で買い求め、そのCDだけは(まあ、他にも何枚かありますが)処分せずにとってあります。
1曲目のタンギージョは名曲ですね。

ハビエル・コリーナ Javier Colina

エル・ボラのバンドでもベースを弾いていましたが、ウッドベースの名手です。

ホアキン・コルテスの来日公演に同行してウッドベースソロでソレア・ポル・ブレリアを披露したのが凄いインパクトでした。

また彼は鍵盤楽器(とくにアコーディオンが上手い)や作曲もこなし、深い音楽の素養を感じます。

スペインにいた時に何回かお会いしてるんですが、スペイン語がそんなに得意でなかった自分を気遣って、顔を見ると、いつもあちら側から話しかけてきて仲間の輪に入れてくれたりして、とても優しい人でした。

チャノ・ドミンゲス Chano Dominguez

ピアノフラメンコの創始者の一人として有名ですが、もともとプログレバンドにいた人で、その後ジャズに転向しています。

1990年代以降、パコ・デ・ルシアと共演したり、フラメンコ色を強めてフラメンコ・ジャズ系の作品を発表しています。

彼のスタンスはジャズサイドから、自らの出身地のルーツミュージックであるフラメンコにアプローチするものと思います。

純フラメンコの人がピアノを弾いているディエゴ・アマドールと、フラメンコ好きなジャズ奏者チック・コリアの中間くらいのスタンスですね。

ドランテス Dorantes

1998年にデビューCDを発表して以降、フラメンコ系では最も意欲的に作品を発表し続けているピアノ奏者です。

ドランテスはチャノ・ドミンゲスと異なり、終始ピアノフラメンコとして創作、演奏しています。
ジャズやクラシックの影響はかなり感じますが。

ドランテスが素晴らしいのは創作能力の高さでしょう。
独創的な作曲と演奏をします。

ベルナルド・パリージャ Bernardo Parrilla

マドリードで活動するヒターノのフラメンコ・バイオリン奏者。

ギタリストのファン・パリージャの息子で、パリージャ・デ・ヘレス(歌伴奏で有名なギタリスト)とも親戚関係です。

1990年代まではフラメンコを専門とするバイオリン奏者は彼くらいしかいませんでした。
ノンビブラートで紡いでいくジプシースタイルの妖艶なフレーズが持ち味です。

――次回はフラメンコポップ・フュージョン編の後編でバンドなどのグループ形態アーティストと、影の立役者であるフラメンコ系の音楽プロデューサーのご紹介をします。

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