フラメンコ・ポップとフラメンコ・フュージョン~バンド・プロデューサー編【フラメンコ音楽論38】

前回はフラメンコポップ・フュージョンのアーティスト紹介前編として、ソロ名義アーティストとギター以外の楽器奏者の紹介をしました。

今回はフラメンコポップ・フュージョンの後編ということで、バンド・ユニットなどのグループ形態のアーティストと、フラメンコ系の音楽プロデューサーをご紹介します。

ユニット・バンド形態のアーティスト

ここではフラメンコをベースとした音楽をユニット、バンドなどのグループ形態で演奏しているアーティストの紹介をします。

ローレ・イ・マヌエル Lole y Manuel

ドローレス・モントージャ・ロドリゲス(歌)とマヌエル・モリーナ・ヒメネス(ギター)によるユニット。
1972年に結成。

歌とギターという純フラメンコ編成のユニットですが、その音楽内容は伝統的フラメンコの枠を越えるものも含まれ、活動年代を考えると元祖フラメンコポップと言えます。

1970年代~1980年代に盛んに活動した後、1995年に活動休止。

マヌエル・モリーナは2015年に亡くなりましたが、ローレ・モントージャは近年、ディエゴ・デル・モラオと共に音源作品を作ったりしています。

マヌエル・モリーナの娘に歌手のアルバ・モリーナがいます。

ケタマ Ketama

ケタマは、スペインから出てきたフラメンコ・ポップ系のバンドとしては1番有名と思われます。

1980年代初頭にファン・カルモナ、ホセ・ソト(ソルデリータ)、ライ・エレディアの三人によって結成されました。

その後、ライ・エレディアとソルデリータは脱退、リーダーのファン・カルモナの一族(アビチュエラ一家)からアントニオ・カルモナとホセ・ミゲル・カルモナを加えて活動を続けます。

アントニオ・カルモナは当初パーカッション担当でしたが、ホセ・ソト(ソルデリータ)が抜けたあとは、メインボーカルをやるようになります。

1990年代に入るとスペインの若い世代に圧倒的に支持されるようになり、大きな成功をおさめます。

ケタマの音楽性は、初期の頃はフラメンコ形式のリズムにこだわったマニアックなアプローチが多かったですが、やがてルンバ+サルサ、というスタイルのラテンポップ路線が中心になり、それが大当たりしました。

2000年前後からあまり活動の話をきかなくなり、2004年に解散しています。

ライ・エレディアとホセ・ソト(ソルデリータ)は前回紹介しましたが、ケタマから離脱後にそれぞれソロ活動をしています。

パタ・ネグラ Pata Negra

ケタマと並ぶ老舗フラメンコ・ポップバンドです。
ライムンド・アマドールとラファエル・アマドールの兄弟によって1981年に結成されました。

ちなみにチューリことディエゴ・アマドールも同じ一族で、ディエゴは最初パティータ・ネグラという名義で活動していました。

音楽性はブルーズ色が強いですが、ファンク、レゲエといった要素もあり、アメリカン・アフロ系音楽全般を織り込んでいました。

パタネグラとしては1995年に活動を停止しています。

バルベリア・デル・スール La Barberia del sur

ファン・スアレス”パケーテ”(ギター、歌い手のラモン・エル・ポルトゲスの息子でピラーニャの兄)とエンリケ・エレディア”ネグリ”(歌、パーカッション、ライ・エレディアのいとこだか甥だか)、ダビ・アマジャ(エレキギター、カルメン・アマジャの孫)を中心に1991年に結成されたグループです。

初期はアビチュエラ一族のぺぺ・ルイス・カルモナがボーカルをやっていたり、その繋がりでケタマのホセ・ミゲル・カルモナが参加したりして『ケタマの弟バンド』みたいな扱いでしたが、音楽性はケタマよりポップロック寄りです。

ぺぺ・ルイスが抜けた後はそれまでパーカッションを担当していたネグリがボーカルを担当するようになりました。
そのへんも、ボーカル脱退→パーカッションのアントニオ・カルモナが歌うようになったケタマと似てますよね。

2000年代前半まで活動していたようですが、ケタマが解散した2004年と同時期にバルベリアも活動を休止しています。

自分がスペインでギターを習っていたエル・ボラの義理の兄が、バルベリアのリーダーであるパケーテだったんですが、バルベリアのライブは毎回のように行っていました。
楽屋でギターやカホンで遊んでもらったり、何かと縁の深いバンドでした。

ナバヒータ・プラテア Navajita Platea

ヘレス出身のペレとクーロの二人組ユニットで1992年結成、1990年代後半くらいからヒットして有名になりました。

音楽性は、たまにフラメンコのコンパスが入るアコースティックなロックという感じですが、基本、ギター(フラメンコ&エレキ)と打楽器主体のアレンジで構成されていて、結構硬派な感じのサウンドです。

マルティレス・デル・コンパス Martires del compas

チコ・オカーニャが1995年に結成したグループ。
結成にはキコ・ベネーノが関与しています。

2000年にCDデビューし、2007年頃に解散。

レゲエやファンクのカラーが強いので、音楽性はパタネグラからブルースとラテンカラーを引いて、レゲエ、ファンクの要素を増量したような感じですが、パーカッションの使い方とリズムパターンが独特で、なによりチコ・オカーニャのキャラが強烈です。

あとは、トラディショナルなカンテのライン(しかも結構マニアックな形式)をデフォルメした曲が多かったりして、フラメンコ色はかなり高めと思うのですが。

まあ、ちょっとふざけたパロディー的要素もあったりで、色々とアクが強いバンドです。

オホス・デ・ブルッホ Ojos de Brujo

バルセロナの8人グループ。
1998年頃結成され、1999年にデビューアルバムを発表。
2000年代に盛んに活動していました。
2ndアルバムの『バリ』はワールドミュージック部門でグラミー賞を受賞しています。

2011年に活動休止、中心メンバー数人がその後『レナカイ』を結成しています。

オホス・デ・ブルッホの音楽性は、フラメンコ+ポップ+クラブミュージック(ヒップホップ、ダンスホールレゲエ、ゴアトランスなど)+インド音楽などのワールドミュージックといった具合で、カオス状態になりそうなもんですが、個性的な音楽性を打ち出すことに成功し、世界的に人気を博しました。

フラメンコ系グループに思うこと

バンド系のアーティストを紹介しましたが、こうして見ると、どのグループも大体10年~20年くらいで解散・活動休止してしまっています。

やはり色んな人間が関わるし、メンバー同士の関係性とかもあって、長期間維持するのが難しいんでしょうかね。

今紹介したフラメンコ系のバンドを大雑把に分けると、以下の3系統になります。

  • ベネーノとパタネグラから始まるジプシーロック系
  • ケタマから始まるラテンポップ系
  • オホス・デ・ブルッホから始まるクラブミュージック系

この他に、ハードロック系のものなどもありますが、そのへんはあまり聴いてないので語れません。

自分がフラメンコポップやフラメンコフュージョンにはまって一番聴いていたのは1992年~2005年頃なので、その時代の事はそれなりに知っていますが、それから少しブランクがあり、最近はYouTubeで広く浅く視聴していて、最近のバンドにはそこまで詳しくありません。
カッコいいのがあったら教えて下さい。

――フラメンコポップやフラメンコフュージョンというジャンルは、今紹介したようなグループのメンバーや、前回紹介したソロアーティストと楽器奏者、純フラメンコ側のアーティスト、そういった人達が渾然一体となって進行中、といった状況が1980年代から現在まで続いている、と感じます。

その他フラメンコ周辺ジャンルのバンドなど

ジプシーキングス、フラメタルなどが世界的に有名ですが、今回は扱いません。

純フラメンコ要素が薄いものを入れていくと範囲が膨大になるので、今回はフラメンコポップの源流の部分、純フラメンコに近いところにいるアーティストに絞っての紹介とさせていただきたました。

音楽プロデューサー等

1970年代後半以降、フラメンコの音源作品でも様々なアレンジが導入されるようになり、音楽と音響の知識を持った音楽プロデューサーの必要性が高まりました。

そういう需要に応える形で出てきたフラメンコ系の音楽プロデューサーを何人か紹介します。

リカルド・パチョン Ricardo Pachon

セビージャ出身の元祖フラメンコ系音楽プロデューサーで、カマロンと組んでフラメンコ音楽の革新を支えた、現代フラメンコの影の立役者です。

カマロンのほか、ローレ・イ・マヌエル、ベネーノ、パタネグラ、トマティート、ラファエル・リケーニ、マカニータなどなど、1990年代までの主要なフラメンコやフラメンコ・ポップのCDの多くを彼が手掛けています。

イシドロ・サンルーカル Isidro Sanlucar

ギタリスト、マノロ・サンルーカルの弟です。
父親も同名のギタリストなので紛らわしいですが、1952年生まれの息子のほうです。

音楽プロデューサー・作曲家・ギタリストとして現代のフラメンコ音楽に多大な貢献をしています。

エル・ペレとビセンテ・アミーゴの『ホンドの泉』(邦題、1992年)を皮切りに、ホセ・メルセー、マカニータなど、名だたるアーティストの音源制作を手掛けてきました。

ハビエル・リモン Javier Limon

2000年代から活躍する音楽プロデューサー、作曲家、鍵盤奏者、ギター奏者、歌手で、とくにディエゴ・エル・シガーラやニーニョ・ホセレとの共作が多いです。

音楽プロデューサーとして、リカルド・パチョンの後継者的な役割を担っていますが、彼自身がミュージシャンでもあるので、もっと守備範囲が広く、共演・曲提供という形で、フラメンコアーティストにも直接的影響を与えています。

シガーラやホセレのキューバ音楽趣味はハビエル・リモンの影響が大きいと思われます。

――今回まで数回に渡って現役世代のアーティストの紹介をしてきました。

まだまだ紹介したいアーティストは沢山いるんですが、今どういうものが主流なのか?まず何を聴いたらいいのか?というのを考えて、数を絞って紹介しました。

次回からは、フラメンコ音楽を演奏することについて、内容的な事に移っていきたいと思います!

フラメンコ音楽論 前回

フラメンコ・ポップとフラメンコ・フュージョン~ソロアーティスト編【フラメンコ音楽論37】
フラメンコ音楽論 第37回講座は、新しく成立したフラメンコ周辺ジャンルのアーティストを紹介します。今回はソロ名義のアーティストと、ギター以外の楽器奏者です。

フラメンコ音楽論 次回

フラメンコの進化【フラメンコ音楽論39】
フラメンコ音楽論では直近数回に渡って現代のアーティスト紹介をしてきましたが、彼らが担ってきた新しいフラメンコの実態、フラメンコの進化の方向性を考察します。