「Webで学ぶフラメンコギター」では、前回までフラメンコギター奏法の右手のテクニックを中心にやってきました。
今回からはフラメンコギターの左手のテクニックに移っていきます。
左手のテクニックに関しては、純粋な技術的な事だけでなく、コードやスケールの運指法なども含まれてくるので、かなり多岐に渡ることになりますが、文章で伝えられる限りの事をまとめておきたいと思います。
フラメンコギター演奏の基本的発想
フラメンコギターの基本は、踊りや歌に対してコンパスを提供しつつ、歌が入ったらコードを歌に合わせ、踊りのサパテアードが入れば最適な伴奏パターンを繰り出し、イントロや間奏ではファルセータを弾く、というものです。
ファルセータは一般の音楽のイントロやソロパートみたいなものですが、作曲したものを用意するか、基本のラインだけ決めておいて細かいところは即興で処理する、といったやりかたが主流です。
ジャズみたいな完全な即興はあまりやりません。
伴奏ではないソロ演奏に関しては、完全にギタリストの自由にやって良いものですが、今書いたようにフラメンコギターは「伴奏+ファルセータ」という発展の仕方をしてきたため、独奏も伴奏用ファルセータの集合体+αというようなスタイルが大半です。
このあたりの事は、以前「フラメンコ音楽論」で詳しく書いていますので、そちらもお読みいただければと思います。
今回からのテーマである左手の運指に関しても、こうした伴奏楽器としての要求に即したものとなっていて、フラメンコギター特有の運指法というのがあります。
他ジャンルとの運指法の違い
これから、フラメンコギター特有の運指法とはどんなものか?というのを、色んな角度から解説していきますが、まずは他のジャンルのギターとフラメンコギターの運指法の違いを書いてみます。
クラシックギターとの違い
まず、同じナイロン弦ギターを使用するクラシックギターとフラメンコギターの左手運指法の違いですが、譜面使用が前提の独奏楽器として発達したクラシックギターと、即応性が求められる伴奏楽器として発展してきたフラメンコギターでは運指の考え方が根本的に異なります。
クラシックギターは「譜面に書かれた音を少しでも効率良く弾く」という事を目的とした運指なので、定型的なコードフォームというのはあまり意識されず、一音一音独立して捉えるような運指のやりかたです。
それに対して、フラメンコギターは即興性・対応力を重視してきた結果、コードフォームをベースにパターン化された運指がメインになっています。
フォークギターとの違い
次に、フラメンコと同じくコード伴奏主体に発展したフォークギターと比較してみましょう。
フォークギターはあくまで歌が主役で、ギターは歌を効果的に聴かせるための伴奏に徹しています。
また、弾き語りのスタイルが多いため、コードフォーム等は歌いながら押さえられるシンプルなものが中心になり、イントロや間奏もシンプルな演奏で済ます場合がほとんどです。
それに対して、フラメンコギターは歌とギターが分業されていて、ギターはリズムを複雑化させたりだとか、積極的に演奏技巧を聴かせたりと、より複雑な演奏を要求されます。
フラメンコギターはフォークギターに比べると、メロディー+ベース音というようなマルチタスクな処理が増えるし、一般的なコードフォームから外れた特殊な動きも多くなるので、それだけ運指もイレギュラーなものとなります。
ちなみにですが、フォークギター(鉄弦アコギ)を使用すると言っても、近年の鉄弦ソロギタースタイル(トミー・エマニュエルとか、押尾コータローとか)は、古典的なフォークギターとは比べ物にならないほど複雑化していているので、また別物と思ってください。
現在の鉄弦ソロギターは、奏者によるスタイルの違いが大きいため、一般化して比較解説するのは難しいです。
エレキギターとの違い
次はエレキギターとフラメンコギターの左手の運指の違いについてですが、ここで言う「エレキギター」とは、一般的なロックやポップスでのプレイを想定しています。
そういったジャンルではドラムスやベースギターも居るので、ギターの役割は限定されていて、バッキング(コードカッティング、リフ、アルペジオ)とソロ(単音プレイ)が完全に別物として捉えられるのが普通です。
ディストーションさせて音を歪ませている場合は、バッキングは5度コードや省略コードが多く、ソロになるとほぼスケールフォームのみの意識になって、旋律楽器の感覚で弾かれます。
クリーントーンのプレイでは、フルコードやテンションコードの使用も増えますが「定形パターンでのバッキング+スケールフォームでのソロ」という基本的発想はディストーションさせている時とそんなに変わりません。
そして、コード進行もソロのサイズもアレンジとして明確に決められているのが普通です。
このあたりは、音楽ジャンルや奏者でかなり変わるので、やや乱暴な言い方だったかもしれませんが、基本的に一人でメロディーとコードとベースラインを処理して、状況を見ながらリアルタイムで伴奏パターンやファルセータを切り替えていくフラメンコギターとは運指法が全く異なります。
ジャズギターとの違い
ジャズギターはバンド編成ではソロとバッキングが明確に分かれる事が多いですが、トリオ以下の少人数の場合など、ソロギター的なスタイルに近くなることもあります。
ジャズギターはロックやポップスほどパターン処理的では無くて、即興でコードとメロディーを同時に弾いたりして、コード進行も即興でリハーモナイズしたりするので、客観的にはフラメンコに近い演奏フォーマットかな?とも思えます。
ですが、実際には使うフレーズやコードボイシング(ジャズギターは3和音と4和音が中心)や、コードチェンジの間隔(ジャズのほうが細かい)や、右手のテクニックや、演奏に対する力点の置き方(ジャズはハーモニーやフレージング、フラメンコはコンパス表現優先)も全く違うので、弾いている感覚はかけ離れたものです。
リハーモナイズに関しても、ジャズの場合はスタンダード曲などの、あらかじめ決められた基本進行サイズの範囲内でやりますが、フラメンコの伴奏の場合は、歌のロングトーンの伸ばし具合とか、踊りの足のパターンの入り具合で咄嗟に演奏サイズを変えたりするので、そもそもの目的や考え方が違います。
――少し前置きが長くなってしまいましたが、フラメンコギターと他ジャンルの発想の違いと、その結果生じるであろう運指法の違いがなんとなく見えてきたのではないでしょうか?
それでは、ここからフラメンコギターの左手のテクニックの具体的な話をしていきます。
フラメンコ奏法の左手の特徴
フラメンコギターの左手に関して、メカニカルな事は右手ほど特殊なものはありませんが、運指についてはフラメンコ特有の傾向があるので一つずつ解説していきます。
コードフォームがベースになった動き
フラメンコギターは伴奏楽器として発展してきた、ということがあり、周囲の変化に即応するために、シンプルなコードフォームをベースにした運指で演奏されてきました。
メロディーを弾く場合もコードフォームを押さえながら弾くことが多いのが特徴です。
セーハフォームの多用
フラメンコギターはコードフォームやベース音を押さえたままメロディーを弾くことが多いので、必然的にセーハフォームが多くなります。
フラメンコギターがクラシックギター等より弦高が低く作られているのは、セーハのしやすさというのがあるのではないでしょうか。
解放弦・オープンコードの多用
フラメンコギターは伴奏での即応性を追及した結果、ポジション移動無しで咄嗟にコードチェンジできるオープンコードフォームを使う場面が多くなっています。
ピカードなども解放弦を絡めることで左手でフレットを押さえる回数が減らせて、そのぶんスピードを上げることができるので、オープンコードフォームをベースにしたスケールが好んで使われます。
ただ、この「解放弦入りのスケールフォーム」はエレキギターの速弾きに慣れていると逆に難しく感じるということがあって、自分も慣れるまで苦労しました。
解放弦が活用しやすいキー
解放弦を多用するということは、必然的に使用されるキーも限定されてきます。
フラメンコで良く使われるキーは以下の通りです。
6弦解放を活用
Eメジャーキー、Eマイナーキー、ポルアリーバ(Eスパニッシュ調)
5弦解放を活用
Aメジャーキー、Aマイナーキー、ポルメディオ(Aスパニッシュ調)
平行調系(上記6つのキーの平行調)
Cメジャーキー、Gメジャーキー、C♯スパニッシュ調、G♯スパニッシュ調など
その他よく使われるキー
ポルタラント(F♯スパニッシュ調)
スパニッシュ調(ミの旋法)に関しては「フラメンコ音楽論」第4回講座を参考にしてください。
コードの一部を押さえたままベースラインを動かす
ポルアリーバやポルメディオの♭Ⅱコード→Ⅰコードの時、良く出てくる常套フレーズに「FやB♭コードの一部を押さえたままベースを動かしてメロディーを弾く」というものがあります。
良くやるのが、アルペジオやアルサプアを組み合わせつつ、pでメロディーラインを出すパターンです。
これは特殊な押さえ方になるし、コードネームも変なオンコードになるし、他のジャンルではやらない動きだと思いますが、フラメンコギターでは「物凄く」多用されるものです。
ポルメディオで使われる形
ポルアリーバで使われる形
ストレッチフォームの多用
左手の指を大きく開くストレッチフォームですが、フラメンコギターではコードフォームでセーハしたままピカードやアルペジオやアルサプアでラインを付けたりするし、半音ぶつかりの「フラメンコテンション」を作る時など、頻繁に左手をストレッチします。
次に、これらを実現するための具体的なテクニックやコツについて書いていきます。
左手の基本フォーム
フラメンコギターの左手はかなりハードな動きが要求されるのをご理解いただけたと思いますが、それをスムーズに弾くためには「脱力しながらも、しっかりセーハ・ストレッチできるフォーム」が必須になります。
左手のフォームは基本的にはクラシックギターと同様で、フレットに対して平行に指を構えて、裏からはネックの中心線あたりに軽く親指を添えます。
親指と中指が向き合っているのが基本の位置で、小さいポジション移動なら親指を動かさずに行います。
基本フォーム正面
基本フォーム上から
基本フォーム裏側
親指は強く押し付けたりするとポジション移動がスムーズに出来なくなるので、あくまで軽く添えるだけです。
極力、この形と脱力状態を保ちながら、音が出にくいところだけピンポイントで力を入れていく感じですね。
一般的にフラメンコ奏法の左手で難しいのは、セーハとストレッチだと思いますので、次はそれらについて重点解説しておきます。
セーハのコツ
セーハ(バレー)は、一般的には音が出にくい初心者殺しの押さえ方とされています。
良く「Fの壁」とか言われていますが、ギター初心者はFコードの1フレットセーハが出来ずに挫折しやすい、ということですね。
セーハのコツは左手人差し指の真正面ではなく、少しだけ傾けて親指側の面を当てるようにすると押さえやすいです。
真っすぐ押えたセーハ
少し傾けて押えたセーハ
傾け方ですが、左の肘を少し胴体側に引き寄せるようにすると左手首が回転して、テコの原理で人差し指の親指側を使って効率的にセーハすることができます。
半セーハ
フラメンコギターでは、6弦全部ではなくて3、4本の弦をセーハして、セーハしない弦は解放弦で鳴らす「半セーハ(メディアセーハ)」というテクニックを多用します。
半セーハは低音弦側を空ける場合は普通のセーハより簡単なんですが、高音弦側を空けるときは指を反らせるようにしないといけないので、指の柔軟性が求められます。
1弦から4弦の半セーハ
ミニセーハ
自分は「ミニセーハ」と呼んでいますが、指を少し寝かせて、1本の指で弦を2、3本同時に押さえるテクニックもあります。
フルセーハや半セーハは基本的に人差し指でセーハしますが、ミニセーハは他の指でもセーハします。
コードの一部をミニセーハする場合など、他の弦をミュートしてしまわないようにするには指を反らせないといけないので、これも指の柔軟性が必要になります。
小指ミニセーハで押さえたG7(♭9♭13)
ストレッチのコツ
ストレッチフォームは、セーハと逆に左手の小指側に力を入れないと音が出にくいので、セーハとは最適なフォームも変わってきます。
指を開きやすくするため、左手親指は基本フォームより下側に下がって、ネックの下端を支える感じです。
ストレッチフォーム上から
ストレッチフォーム裏から
ちょっとしたコツとしては、セーハのときと逆に左の肘を胴体から少し離すように動かすと小指側に力が入れやすくなります。
ただ、フラメンコギターの場合「セーハしたままストレッチ」しなければならない場面が多いので、そういうときは気合いというか、ある程度の握力と指の柔軟性が必要になってきます。
自分も手が小さいので、どうやっても綺麗な音が出せないフレーズもあって悩みの種なのですが、以下の3択によって解決をはかっています。
- カポタストを付けると弦長が短くなって弾けるようになる場合がある
- ストレッチせずに弦移動で弾くように運指を工夫する
- メロディーを変える
コードフォームをベースにした運指
今回は、フラメンコ特有の運指を実現するための左手のフォームを中心に解説しましたが、フラメンコギターではセーハしたまま(またはベース音を押さえたまま)メロディーラインを弾くという動きに慣れる事が重要なので、コードフォームとスケールフォームを一組にしておぼえて、コードプレイをしている時もいつでも即興でメロディーラインを繰り出せるという状態を目指します。
逆に言えば、メロディーを弾いている時もコードフォームをイメージするようになるので、今、コードの中の何度の音を出しているか?という事も自然に把握できるようになるでしょう。
そういった運指法と認識の仕方を自分は「コードフォーム奏法」と呼んでいますが、これはフラメンコ流の即興演奏の基礎となるものなのです。
そういう状態に近付いていけるよう、次回からは具体的なコードフォームとスケールフォームを学習していきたいと思います。
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