フラメンコの進化【フラメンコ音楽論39】

前回まで数回に渡って、『フラメンコ音楽現代史』ということで、現役アーティストの活動を紹介してきましたが、今回はそれをまとめて、次の話に繋げていきたいと思います。

モデルノ、Nuevo Flamencoと言われてきたもの

1980年代以降に演奏され始めた新しいスタイルのフラメンコは、当初は『モデルノ』『Nuevo Flamenco』(New Flamenco)と言われて、伝統的なものと区別されてきましたが、それからすでに30年くらいの時間が経過しています。

かつて『モデルノ』と言われて特別視されたものも、現在はスタンダードな感覚として定着しているものが多いです。

ここまでで第三世代・第四世代のアーティストを紹介してきましたが、彼らが担ってきた『フラメンコ・モデルノ』『Nuevo flamenco』とは何だったのか?その実態は?これからはどうなるのか?ということを考えてみたいと思います。

『モデルノ』は従来のフラメンコと何が違う?

では、伝統的なフラメンコとモデルノと呼ばれた新しいフラメンコは何が違うのか?
という話ですが、基本的には従来と違う表現が入っていれば『モデルノ』と十把一絡げに呼ばれていたのは否めないと思います。

従来と違う表現といっても、それに至る経路は色々で、他のジャンルからの導入や、アーティスト個人の創意工夫だったり、偶然の産物(これ、フラメンコだと多い気がします)だったり。

具体的には下記のようなことです。

  • コンパスの複雑化や解釈拡張
  • 歌のメロディーライン変更
  • ギターのコードワークやフレージングの多様化
  • 踊りの伝統的でないアクション
  • 曲中での転調(同主調や平行調への転調は昔からある)
  • 複数形式の複合
  • 伝統的なものからはずれる曲展開
  • ギターとパルマ以外の楽器が入っている

といったことですが、これらは全て程度の問題もあり、どこから『モデルノ』か?は明確なラインはありません。

前述のように時間経過によって、かつてのモデルノがスタンダードな感覚になったりもしています。

例えば、ラモン・モントージャのギターなんかは当時からするととんでもないモデルノだっりするわけで。

カマロンも今は『カンテの基本』という捉えられかたではないでしょうか。

1970年代までは使用楽器はギターとパルマのみでしたが、今ではカホンが入ってるのは普通だし、他の楽器が入っていたとしても、特に『モデルノ』と言われることもありません。

――このように現在進行形で変化しているものですが、フラメンコというジャンルは進化の方向性が、わりと明確と思いますので、今回はそのあたりを考えてみます。

フラメンコのリズム面での進化

まずは、ギター・カンテ・バイレの全てに当てはまる傾向で、主にリズム・コンパス的なことです。

第二世代、第三世代前半くらいまでは、リズムを複雑化させるにしても、シンプルな表リズム主体のコンパスを極限までテンポを速くして演奏するスタイルが主流でした。
現在でも踊りのマチョではそういうやり方が多いです。

それが1980年代くらいから方向性が変わってきます。

コンパスの流動化

例えばブレリアですが、12もしくは1から入って10に向かうフレージングが基本です。

――なんですが、この形式は昔からフレージングを前後にずらして遊ぶような傾向がありました。

1980年代以降は、こういう感覚が普遍化して、他の形式でもそういう『コンパスずらし』『コンパスまたぎ』みたいな処理が多くなります。
形式によってかなり差はありますが。

リズムパターンの多様化・複雑化

裏リズムは昔からフラメンコの常套句ですが、1980年代以前は表と裏両方出したり、裏ならずっと裏のみ、三連ならずっと三連、という単純なパターンが多かったのが、1990年代くらいから使用するリズムパターンが急激に複雑化してきます。

現在では、バイレ・カンテ・ギター・パルマの全員が人間のリズム感の細かさ、テンポキープ力の限界に挑む『いちジャンル全員打楽器奏者』的なことになってきていますよね。

具体的なリズムパターンの内容などは、また改めて解説しようと思いますが、現代フラメンコの普遍的な方向性としてリズムパターンの多様化・複雑化がありますので、フラメンコを習得する上では、その進化するコンパスに取り残されないよう、常にコンパス感覚を磨いていくというのが絶対条件です。

ギターの和音の進化

ここからはリズム・コンパス以外の話です。
まず、ギターにおいては和音が変わってきました。

伝統的でないテンションコードの使用

フラメンコギターには昔から慣用句的に使用されるテンションコードはありますが、それ以外のものです。

これの流入経路は二つあって、一つはジャズなどのテンションノートを活用する音楽からの応用です。
フラメンコギターの場合、ベーシストはいない前提で発展してきたため、ベースラインとして最低音をルートやコードトーンで出すので、実際のコードの押さえかたは変わりますが。

もう一つは、フラメンコの昔からある独自テンションの応用や、フラメンコで使うスパニッシュスケールをベースに半音ぶつかりなどを作って拡張された『フラメンコ・テンション』(自分はそう呼んでいる)です。

フラメンコ音楽論07で個別に紹介していますが、フラメンコらしく、かつ斬新な響きが得られます。

フラメンコギターで特徴的なコードボイシング【フラメンコ音楽論07】
フラメンコ音楽論 第7回です。今回はフラメンコで使う特殊なコード(和音)をまとめてやっておきます。自分は『フラメンコ・テンション』と呼んでいるものです。

代理コードによるリハーモナイズ

伝統的なフラメンコでは、ミの旋法系なら4つのコード、長調短調なら3コードでほとんど完結しています。
これら基本コードに対して各種代理コードを当てはめることで、雰囲気を変えることができます。

『フラメンコ・テンション』同様、昔から使われているものも多いです。

グアヒーラのF#7→Bm7とか
ポルメディオ形式でB♭の代わりにGm7を使ったり、などです。

このように伝統的に使われている範囲であれば何も問題はないんですが、代理コードは使われかたによってはかなり雰囲気が変わります。
なので、伴奏に使うと歌い手が嫌がるケースもあり、そこは注意が必要です。

バイレの進化傾向

自分自身は踊りをやっているわけではないし、あまり詳しくは言えませんが、1980年代以降、モダンバレエ・ジャズダンス・タップダンス・ヒップホップなど、他ジャンルからのアイデア流入は相当の度合いであると思います。

バイレに関しては、カルメン・アマジャからアントニオ・ガデスくらいの段階で大きな変革があり、現代バイレの基本はそこで確立されていると思いますが、その後の第4世代の時代になると、上で書いたようなコンパスの変化、プラス、異ジャンルの踊りからの積極的なアイデア導入、という方向性かと。

カンテの進化の方向性

カンテの進化に関しては、ギター・バイレと少し様相が違うように思います。

カンテの進化は数十年で急激に起こったわけではなく、数百年の昔から少しずつ進行し続けている感じがします。

100年くらい前のエンリケ・エル・メジーソやアントニオ・チャコンの段階で既に十分複雑で洗練されたものでしたし。

声の出し方やアレンジの付け方、ということだと、カマロンから分かりやすく変わりましたが、ベースの部分は数百年かけて作られたもので、そこを変えるとカンテとして成立できなくなったり。

ギター、バイレに比べて、他ジャンルからのアイデア導入も容易では無いので、なかなか一人の天才による一足飛びの進化とはいかず、限定されたアンダルシア・ヒターノのコミュニティの中で、少しずつ進化してきたものと思います。

リズムに関しては、上の『フラメンコのリズム面での進化』で書いたとおり、カンテにおいても、コンパスずらしや裏リズム増量がどんどん進みましたが。

音楽としてのアレンジ・制作方法の進化

1980年代以降、フラメンコ系の音楽も一般の音楽と同じようにアレンジ・制作されるようになりました。

一般音楽のアレンジや制作方法がDTMの普及などによって変容していったのと同じように、フラメンコの音楽もまた、時代の変化に影響を受けて変わってきています。

一般の音楽ジャンルではすでに動画配信がCDにとって変わってきているし、コンテンツ制作もプロダクションが独占していたものが個人の手へ移ってきています。

フラメンコ系の音楽も、基本的にはそういう大きな流れに従って変わっていくものと思います。

――1年あまりに渡って執筆してきた『フラメンコ音楽論』ですが、ここまで、フラメンコというジャンル全体を大まかに把握していただこう、という趣旨で書いてきました。

これからは、具体的な演奏につながるテーマに移っていきたいです。

この連載の最初のほうで、コードやスケールについて少しやりましたが、またそっちの方向に戻り、今度はコンパスや奏法などにも話を広げて行きたいと思います。

今後も『フラメンコ音楽論』をよろしくお願いいたします!

フラメンコ音楽論 前回

フラメンコ・ポップとフラメンコ・フュージョン~バンド・プロデューサー編【フラメンコ音楽論38】
フラメンコ音楽論 第38回は、フラメンコポップ・フュージョンのアーティスト紹介後編として、グループ形態アーティストとフラメンコ系音楽プロデューサーの紹介です。

フラメンコ音楽論 次回