前回はフラメンコの歴史をダイジェストで解説しましたが、発生学的にみてもフラメンコの音楽は特殊であることが理解していただけたかと思います。
今回からは実践的なことを中心にやっていきたいですが、一つ大きな障壁となっているものがあります。
それは、この世界独特の専門用語、慣用句が物凄く多いということで、これがフラメンコの音楽や伴奏を勉強するにあたって敷居を高くしてしまっているように思います。
そういうわけで、今回は用語解説をしようと思います。
しかし、数が非常に多いです。インターネット上には用語解説サイトも沢山あるので、特に踊り関連用語などはそういうものも見てもらうとして、ここでは以下のものに絞って解説いたします。
- この連載の内容を理解するために予備知識として必要なもの
- 音楽・伴奏関連など、この連載的に重要なもの
- 他のサイトでは出て来なそうなもの
総合フラメンコ用語
カンテ
フラメンコの歌。歌い手はカンタオール(男)カンタオーラ(女)
トーケ
フラメンコのギターのこと。ギタリストはトカオール(男)トカオーラ(女)
バイレ
フラメンコの踊りのこと。踊り手はバイラオール(男)バイラオーラ(女)
ヒターノ
スペインに定住したジプシーのこと。
パジョ
ジプシーではない一般のスペイン人。パコ・デ・ルシアをはじめパジョでも優れたアーティストは多数存在する。
パルマ
手拍子による伴奏。複数形はパルマス。高い音で叩くのを「セコ」、手を少し丸めて低い音で叩くのを「バホ」という。歌い手が兼任する場合も多いが、パルマの専任者をパルメーロ/パルメーラと呼ぶ。
カホン
南米由来の木の箱を叩く打楽器。パコ・デ・ルシアの共演者であったルベン・ダンタスが1980年代にフラメンコに導入して以降、フラメンコとの相性の良さから主要な伴奏用打楽器として定着。
ハレオ
掛け声、お囃子。実はこれも伴奏の一部。
タブラオ
フラメンコショーを見せる飲食店。タブラオ・スタイルのフラメンコは初見での伴奏が基本になるため、ほとんどリハーサルをしなくても成立するような作りにしてあるのが普通。
テアトロ
劇場。テアトロ・フラメンコというと、劇場公演を前提にしたスタイル。タブラオ・フラメンコとの対比でよく使われるが、こちらは凝った仕掛けを作ったり、綿密にリハーサルをするのが普通。
プーロ
純粋な、原型に近いスタイルのフラメンコ。
モデルノ
新しいモダンスタイルのフラメンコ。プーロ、モデルノという対比で使われる。
伴奏関連用語
エンサージョ
リハーサル、練習のこと。
コンパス
フラメンコのリズム。リズム単位として1コンパ(単数形)、2コンパスというふうにも使われる。
メディオ・コンパ
1コンパの半分のサイズ。フラメンコでは正規コンパスを守るのが原則だが、半分サイズのリズムはメディオコンパとして許容される。場合によってはメディオ・コンパが基本になって、偶数回やれば正規コンパスになる、という捉え方をしたほうが良い場合もある。
コントラ・ティエンポ
裏拍。フラメンコのリズム表現では裏拍でうまく繋いでいくのがポイントで、パルマでもサパアードでもギターでも基本的なスキルになる。ちなみに表拍(正拍)はア・ティエンポ。
レトラ
カンテの歌詞。また、踊りの中でメインの歌詞が入った「本歌」が入る部分。
ファルセータ
ギターで弾く間奏。ギターで作るフラメンコ音楽はファルセータ単位で作られることが多い。長さはまちまちだが、即興的に入れやすいよう、コンパクトなつくりになっているものが多く、2コンパスから8コンパス単位くらいが主流。
サパテアード
踊りの、足で踏み鳴らす音。また、踊りの足音がメインになった部分のこと。エスコビージャとほぼ同義。
エスコビージャ
曲中で踊りの足音がメインになった部分のこと。サパテアードより狭い意味。
サリーダ
イントロ。カンテの場合は歌詞が入ってない「アーイー」などの前フリの部分。踊りの場合、イントロのファルセータからカンテ・サリーダ、最初のジャマーダに入るあたりまでの曲頭のセクションをさす。
ジャマーダ
踊りの場合、終止形とそれに入るための合図、歌を呼ぶための合図、テンポチェンジを伴う展開ポイントの合図。踊り伴奏では最重要事項で、歌もギターも、伴奏者はこれを判別するのが重要な仕事。歌伴奏の場合は、一段落つけるときとか、締めくくりなどとして用いられることが多い。
レマーテ
結構曖昧に使われている用語だが、一言で表現すると「キメ」。例えばユニゾンする聴かせ所を指していたり、コンテスタシオン(後述)やテンポチェンジや終止を伴わない弱めのジャマーダを指したりもする。ジャマーダはおおよその定型があるが、不定形なものをレマーテと呼ぶ事も多い。
コンテスタシオン
主に歌の途中で小休止する「中締め」。レマーテと曖昧だが、こちらは歌の途中に入るものに限定される意味合いが強い。
マルカール(マルカヘ)
英訳で「マークする」という意味。日本語で説明しにくいが、実際の運用は「ベースになるリズムを出しながら繋ぐ部分」。歌が頑張ってるときは踊りはマルカールでサポートする。また、歌も入ってなくて、踊りも足とかやっていない、「繋ぎ」「待ち」の部分で弾くギターの通常パターンをマルカールと言ったりもする。
ヌメロ
下のパロと紛らわしいが、こちらは演奏される「演目」のことで、必ずしも形式名を指すものでは無い。
パロ
曲種。形式名。ヌメロと紛らわしいが、こちらは「形式」の種別を指す。
カンビオ
変化。チェンジ。なにがしかの変化や切り替えをさす。テンポの切り替え、伴奏パターンの切り替えなど。
スビーダ
踊りの中でテンポを上げていく部分。踊り手がサパテアードで先導する。
マチョ
曲の最後のテンポが上がった部分。とくにシギリージャの最後の部分は他の表現が無いので専らマチョという用語を使う。
エストリビージョ
締めくくり。踊りの最後に歌う歌を指したり、歌の後半部分の盛り上がる部分を指したりする。
コレティージョ
エストリビージョとほぼ同義。どちらかというとコレティージョのほうが歌の後半のリフレインに限定して使われるイメージ。
シレンシオ
踊りのアレグリアス形式の途中で入るゆっくりしたパート。通常、6コンパスか10コンパス。
カスティジャノ
同じくアレグリアス形式でシレンシオの後に入る短い歌。無い場合もある
タパ(タパオ)
ギターの左手で音をミュート状態にして打楽器化する奏法。また、その奏法で演奏されるセクション。踊りの伴奏では不可欠。
「抜ける」
日本独自のフラメンコ用語。ジャマーダやレマーテの後、静止する場合と静止せずに続く場合があるが、続く場合、「抜ける」と表現することがある。抜けるときは踊りが独特のアクションをするので、慣れると止まるのか抜けるのか判断出来るようになる。
「1コンパスふる」
ジャマーダで止まったりして仕切りなおす時、ギターで1コンパス前フリを入れてから歌やファルセータに行く場合「1コンパスふる」と表現する。
ディレクト
「ダイレクトに」という意味。1コンパスふる場合と逆に、ジャマーダなどの後に間を開けずに歌やファルセータに行くこと。
「ハケる」「ハケ歌」
踊りの最後に自分の席や舞台袖に引っ込んでいく終わり方。ハケ歌はハケるときに歌われる歌。
板付き
踊りの最後、ハケないで舞台上で締めくくること。
リブレ
自由リズム形式のカンテ。カンテ形式だと主にファンダンゴ系のレパートリーをさすが、踊りや歌のイントロやエンディングなどに自由リズム形式のパートが使われることも多い。
ギター関連用語
セヒージャ
カポタスト。フラメンコでは歌優先の考えがあり、歌い手の声の高さやその時のコンディションでカポタストを付け替えてキーを変える。実はこれがギター以外の楽器の最大の参入障壁になっている面がある。
ピカード
フラメンコ式の音階奏法。鋭い音の速弾き。ややブリッジ寄りでアポヤンドで弾く。
ラスゲアード
伴奏のために発展したフラメンコギター独特のリズム奏法。色々種類がある。
アルサプア
フラメンコギター独特の親指ストロークを使った奏法。
トレモロ
クラシックから取り入れられた同一弦連打で伴奏とロングトーンのメロディーを同時に表現できる奏法。
ゴルペ
指の腹や爪でゴルペ板を叩いて打撃音を出す奏法。ラスゲアードや親指と組み合わされることが多い。フラメンコリズムを表現するキモになる奏法。また、踊りの用語で足の打ち方の一つ。
ゴルペ板
フラメンコギターに貼ってあるプラスチック板。これが無いとソッコーでボロボロになる。
ポル・メディオ
AとB♭コードを中心に演奏されるキーのこと。実音はカポタストで変わるので注意。メディオと略すことも。
ポル・アリーバ
EとFコードを中心に演奏されるキー。実音はカポタストで変化。アリーバと略すことも。
ポル・タラント
F♯とGを中心に演奏されるキー。タラント、タランタで使われ、解放弦がらみのテンションノートが特徴。他の形式をこのキーで演奏するとき、ポル・タラントで、と言う場合がある。
――ざっと思い付くだけあげてみましたが、他にもまだまだありそうなので、この項目は思い出したときに加筆していきます。
次回から徐々に本編に入っていきたいと思います。
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