フラメンコアンサンブル考 三位一体編【フラメンコ音楽論55】

フラメンコ音楽論では、今まで様々な角度からフラメンコの音楽を分析・考察してきましたが、今回から数回に渡り、フラメンコアンサンブルの実技的な部分に的を絞って研究してみようと思います。

フラメンコという舞踊・音楽ジャンルは、基本的な発想からして特殊な事だらけで、フラメンコ業界内でしか使わない専門用語も多いのですが、専門用語とアンサンブルの基礎知識については以下の記事をお読みください。

今回は、これらの記事で書いた事は理解しているものとして話を進めていきます。

フラメンコのアンサンブルの種別

上にリンクした第3回の記事でも書いていますが、フラメンコのアンサンブルは大まかに言って3種類に分けられます。

  1. バイレ・歌・ギターによる三位一体型アンサンブル
  2. 歌・ギターによるカンテ伴奏型アンサンブル
  3. 他ジャンルとのクロスオーバーなど音楽主体のポップ・フュージョン型アンサンブル

今回はこれらのうち、1.の三位一体型アンサンブルについて考察しますが、日本ではバイレの人口が圧倒的だし解説需要の高いものですよね。

三位一体アンサンブルの実態

「三位一体」といっても、実際にはバイレのライブ公演をバイレ・ギター・カンテのトリオ編成で演奏する場合は少なく(予算が乏しいライブではたまにありますが)、大抵は踊り手が複数参加していて自分が踊っていない時はパルマを担当するものだし、少し大規模な舞台では歌い手やギタリストも複数いたり、カホンなどの打楽器が加わったり、フュージョン色が強いアンサンブルなら、鍵盤・ベース・管楽器など様々な楽器が参加したりします。

ここでは、ベーシックな構成要員である、踊り手・歌い手・ギタリスト、そしてパルメーロのそれぞれの立場と役割についてみていきます。

踊り手

三位一体アンサンブルにおいて、踊り手は指揮者です。サパテアードのみならず、腕を含む上半身を動かすタイミングなど全身を使って、やりたい曲展開や出したいコンパスを伴奏者に伝えなければなりません。

また、普通は1つの舞台に複数の踊り手が参加し、自分が踊っていない時はパルメーロの役割も求められますので、パルマのスキルは常に磨いておく必要があります。

歌い手

歌い手はパルメーロの役割を兼任している事が多いですが、歌詞やコンパスが複雑な歌を歌う時などは集中するためにパルマを休んだりもしますよね。

その歌い手の他にパルメーロが複数居る時はそれで良いのですが、そうでない時は、全体のコンパスの安定を優先して歌える歌が制約されることもあるかもしれません。

歌い手は、三位一体アンサンブルのために常にパルマを打ちながら歌えるように訓練しておく事が大切ですが、メディオコンパスを含む歌があったら正規コンパスのサイズにいつでも変換出来るように予め準備しておく事で、踊り歌として使える歌のバリエーションが広がるでしょう。

ギタリスト

ギタリストは、コンパスのみならずコード進行とベースラインを支え、三位一体のフラメンコを音楽として成立させる役割を一手に担っています。

三位一体のアンサンブルでは、ファルセータの部分を除くと、ラスゲアードなどのリズム奏法の割合が圧倒的で、コードは即応性を重視したシンプルな形が多用されます。

ギタリストは踊り手と歌い手の両方に気を配らなければならないのは確かなのですが、基本姿勢としては「パルマを聴きながら踊り手の動きを注視」します。

そして、ジャマーダなどを目印に、歌が入ったら踊り手はマルカールを始めるので、今度は歌を聴くことに注力する、という感じで進行していきます。

また、鍵盤やメロディー楽器が入る場合は、ギタリストが調整役として演奏内容を伝えてリードする場合が多いので、それに支障が出ない程度の楽典やコードの知識は必要になるでしょう。

パルマ

三位一体アンサンブルにおいて、要となるのはパルマ(手拍子)です。

パルマは複雑なリズムアンサンブルをするフラメンコ音楽の中でメトロノーム・クリック音の役目を果たしていて、各自が様々なリズム遊びをする中、全員がガイド(基準)としているのがパルマなのです。

ソロコンパスで練習する時も、テンポが速すぎたりして上手く乗れない時は、パルマの音に集中することで上手く行くようになることが多いですし。

パルマは専業のパルメーロが居ることもありますが、少ない人数でのライブでは踊り手と歌い手が兼任する場合が多いです。

そして、安定したアンサンブルのためにはパルメーロは最低でも2人以上居たほうが良いでしょう。1人ではオカズやコントラティエンポ(裏リズム)の表現に限界がありますが、複数人で分担することでバリエーション豊かなリズム表現が可能になって来ますので。

以上の事から、最小編成としては踊り手2人(踊っていないほうはパルマ担当)、歌い手1人(パルマ兼任)、ギタリスト1人の4人居れば、パルマ2枚、歌、ギターが確保出来ます。

この4人編成を核に、踊り手・歌手・ギタリスト・パルメーロを増員したり、追加要素として打楽器や鍵盤楽器、メロディー楽器を入れていくイメージですね。

三位一体(バイレ伴奏)の基本的な展開

フラメンコには様々な曲種がありますが、バイレが入った三位一体型の場合、セビジャーナスファンダンゴ・デ・ウエルバなどの展開が固定されている形式や、ブレリアタンゴのようなフィエスタ形式を除いて、大体同じような展開をします。

以下に代表的な三位一体アンサンブルの展開例を示しますが、今回は4つのセクションに分けて考察します。なお、※印は省略される可能性のあるパートです。

サリーダセクション

サリーダセクションは、レトラに入るまでのイントロに相当するセクションですが、フラメンコのバイレの場合はこのセクションがかなり長くなるケースも多いです。

ファルセータ①
曲冒頭はギタリストがファルセータを弾いて導入することが多い。ここのファルセータだけリブレ(自由リズム)で弾いて、最後の方でその形式のマルカールをしてテンポ出しをするのも良く使われる手法だが、コンクールや発表会など時間制約が厳しい場合はしばしば省略される

カンテサリーダ
このカンテサリーダが「サリーダの本体」。カンテの本歌(レトラ)に入る前の喉慣らしの意味合いもあって「アーイー」「ティリティリ」などのスキャットで歌われる場合が多いが、短めの単体の歌が歌われる事もある

サパテアード①
カンテサリーダが終わったら、レトラに入る前に踊り手が軽く足技を披露するパートが入ったりするが、省略していきなりジャマーダをかける場合もある

ジャマーダ①
序盤における最重要な場所で、レトラに入る目印になる。歌い手はこれを見てレトラを歌い始める

レトラセクション

レトラセクションは歌をメインとするセクションで、歌い手が歌っている間、踊り手は歌を聴きながらマルカールで繋いでいきます。

レトラ①(1歌)
1つ目の歌。途中、歌が切れてサパテアードを入れるコンテスタシオンが入ることもある

ファルセータ②
1歌が終わった後に間奏としてファルセータを入れる事が多い

サパテアード②
1歌と2歌の間にサパテアードが入る事があるが、長さについては2コンパスくらいで終わるものから数分のボリュームがあるものまで様々

ジャマーダ②
2歌を呼ぶジャマーダ

レトラ②(2歌)※
2つ目の歌。コンテスタシオンが入ることもある。2歌は省略されることもあるし、3歌まである場合もある

ファルセータ③
2歌の後にも間奏が入るタイミングがある

サパテアード③
レトラセクションを締めくくるジャマーダへの助走としてサパテアードが入る事がある

ジャマーダ③
レトラセクションを締めくくるジャマーダだが、省略されてサパテアード③からシームレスに次のサパテアードセクションに入る場合もある。アレグリアスの場合はこの後にシレンシオとカスティジャノが入る。

サパテアードセクション

サパテアードセクションは、主に踊り手が足技を見せるセクションで、歌い手はパルマに専念しますが、ギタリストにとっては単調さ回避のために様々な工夫を凝らす伴奏技術の見せ所となります。

サパテアード④
通常はここがメインのサパテアードなので長めになる事が多く、途中ファルセータにしたりタパにしたりといった音楽的展開を付けたりする所。ジャマーダで1回仕切り直して、テンポチェンジして導入する場合が多い。

スビーダ
最後のエストリビージョセクションに向けて、ブレリアやタンゴの速さまでテンポを上げていくパート。普通は単純なパターンのサパテアード連打で行われる。

ジャマーダ④
テンポが上がり切ったらジャマーダをかけて後歌を呼ぶ

エストリビージョセクション

エストリビージョセクションは曲を締めくくるフィナーレのセクションで、12拍子・3拍子系形式ならブレリアの、2拍子系形式ならタンゴの歌が歌われて、最後に踊り手が退場してエンディングとなります。

後歌①
1つ目の後歌(ブレリア・タンゴ等)が歌われる

サパテアード⑤
後歌①と後歌②の間にサパテアードをはさむ事があるが、ここはファルセータ等になることも

ジャマーダ⑤
2つ目の後歌を呼ぶジャマーダ

後歌②
2つ目の後歌が歌われる。後歌②は無い場合もあるし、後歌③まである場合もある

サパテアード⑥
後歌とハケ歌の間にもサパテアードや間奏が入るポイントがある

ジャマーダ⑥
ハケ歌を呼ぶジャマーダ

ハケ歌
踊り手が舞台からハケるためのエンディングの歌が歌われる

ラストの締め
曲のラストはギターとパルマスで呼吸を合わせて定形フレーズで締めくくる事が多い

三位一体アンサンブルの注意点

三位一体型のフラメンコは大体上記のような展開をするのですが、以下、さらに細かい注意点などを書いていきます。

マルカールについて

上の表には一々書きませんでしたが、三位一体のアンサンブルでは、踊りの振りと、歌・ファルセータのサイズ調整など、いわゆるマルカール(マルカヘ)で繋ぐ部分が多く発生します。

なお、マルカール(マルカヘ)という用語は、バイレとギターで少々ニュアンスが異なることに注意してください。

ギターの場合は、テンポ提示やサイズ合わせに使う形式固有の基本パターンの事を指しますが、バイレの場合は、歌振りというか、歌やファルセータに合わせて「あまり細かい足技をやらずに上半身を活用しつつコンパスを大きく捉えて踊る部分」というイメージかと思います。

「繋ぎ」といっても、マルカールは演者のセンスや力量がもろに出やすい部分でもあるので、決しておろそかにしてはいけません。

サリーダ冒頭のテンポ設定

曲の冒頭は、ギターのファルセータやマルカールから入る場合もあるし、踊り手自らパルマやサパテアードで入ったりする場合もありますが、どちらにしろテンポ設定には細心の注意を払いましょう。

なぜなら、ここで設定されたテンポで曲の中盤あたりまで(上の表で言うと、レトラセクションの最後のほうまで)はそのまま行ってしまうことが多いからです。

曲の途中でテンポ修正が可能な場合もありますが、途中からのテンポ変更は演者同士の呼吸が合わなくなるリスクもありますので、最初からベストのテンポが設定出来るに越したことはないのです。

曲中のテンポチェンジ

フラメンコの踊りは、曲の途中(とくに後半部分)で頻繁にテンポ変更の仕掛けがあります。

テンポチェンジのやり方は、クラシック音楽なら指揮者がいますし、普通のポピュラー音楽ならドラムスが主導するのですが、三位一体のフラメンコの場合は踊り手が主導するのが一番スムーズにいきます。

パルマは複数人いたりするので、パルメーロ同士で微妙にテンポがズレたりする危険性があるため、踊り手が指揮者となってサパテアードで主導するのが、自分の踊りやすいテンポに設定出来てベストなのです。

ただし、例外もあります。例えば、ジャマーダの後、静止している状態からテンポを落としてレトラやファルセータに入りたい場合など、踊り手はテンポを出せないので大抵はギタリストが主導することになります。

また、踊り手の力量が足らずに上手くテンポを主導出来ない場合や、群舞の場合など、ギタリストやパルメーロが展開を丸覚えしてテンポをコントロールしなければならないケースもあります。

このように、曲中のテンポチェンジは原則的には踊り手主導で行われるのですが、それが出来ない所は、ギタリストがやるのか?パルマがやるのか?或いはカホンがやるのか?という事を予め決めておく必要があるでしょう。

メディオコンパスへの対応

フラメンコのリズムの構成単位は3拍子・12拍子系なら12拍、2拍子系なら8拍というのが基本ですが、フレージングによってはその半分の6拍、4拍という、いわゆるメディオコンパスが許容されています。

ですが、場合によっては突然入るメディオコンパスには対応しずらいケースもありますよね。

本来であれば、演者全員が瞬時にメディオコンパスのフレーズを検知して対応出来るのがベストなのですが、様々なレベルの演者が混在する場合や、馴染みのないメンバーでの演奏の場合、リハーサルの時間がとれない場合などは、事故確率を減らすためにメディオコンパスを含んだ歌・ファルセータ・サパテアードは極力避けるのが無難でしょう。

足を踏んでリズムサイクルを同期させる

フラメンコのアンサンブルにおいて、コンパスをキープするのに有効なのが、足を踏んで演者同士でサイクルの同期をとるやり方です。

「足」といっても、この場合は踊りのサパテアードではなく、パルメーロがパルマの補助として2拍・3拍・4拍・6拍などのサイクルで足を踏み鳴らすのをギタリストや歌い手も同様にやって、大きなサイクルを共有するものです。

足踏みなら、ギターを弾きながらでもパルマを打ちながらでも出来ますので、各自が普段の練習の時から足を入れて正確なサイクルをキープする感覚を身につけておくのはリズムアンサンブルの安定に大変有効な事だと思います。

ちなみに、踊り手は足踏みは出来ませんが、バックアーティスト全員で出す足の音はマイクで拾わなかったとしても、かなりの振動と圧力を発生させますので、踊り手にとってもサイクルが共有しやすくなるのは確実です。

なお、具体的なサイクルの作り方については、こちらの「コンパス=サイクル理論」で詳しく解説していますので、ご一読いただければと思います。

フィエスタ形式などについて

最後に、ブレリアやタンゴなどのフィエスタ形式と、セビジャーナスやファンダンゴ・デ・ウエルバなどの展開が固定された形式について触れておきます。

これらフィエスタ形式や一部の民謡系形式は、今回考察したような展開には当てはまらないのですが、大抵は単純な、もしくは固定的な展開です。

ブレリアタンゴが三位一体として単体で演奏されるのは、ライブの最後に演奏されるフィン・デ・フィエスタか、その舞台のために作られた独自創作のどちらかでしょう。

独自創作の場合はケースバイケースなのですが、フィン・デ・フィエスタの場合は、以下のような単純な展開が多いです。

サリーダ

人数分レトラを繰り返す(サパテアードが入ったりはする)

最後はテンポアップしてキメを作って終わる(やらない場合も多い)

また、セビジャーナスファンダンゴ・デ・ウエルバなどの展開が固定された形式は、形式ごとの展開を覚えるだけですが、振り付けによっては途中ファルセータが入ったりと多少変化する事もあります。

――次回は、カンテ伴奏型のアンサンブルの研究をしたいと思います。

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