フラメンコアンサンブル考 カンテ伴奏編【フラメンコ音楽論56】

現在、フラメンコ音楽論ではフラメンコアンサンブルの実技的な解説をしています。

前回は、バイレ(踊り)が入った「三位一体型アンサンブル」を解説しましたが、今回はカンテを中心とした「カンテ伴奏型アンサンブル」について考察します。

なお、フラメンコのアンサンブルに関する専門用語と基礎知識については以下の記事をお読みください。

今回は、これらの記事で書いている内容は理解しているものとして進めさせていただきます。

カンテ伴奏型アンサンブルの分類

カンテ伴奏型アンサンブルとは、踊りが入らないカンテ(歌)を中心としたアンサンブルですが、これを大まかに分類すると4種(4段階)に分けられるのではないでしょうか。

  1. 自由リズム型(コンパス無し、歌とギター1対1)
  2. ソレア・シギリージャ型(コンパス有り、歌とギター1対1)
  3. パルマ・打楽器使用型(パルマ・打楽器が入る)
  4. バンド型(ギター以外の音程楽器が入る)

今回は、上記4つの型を基にした解説をしていこうと思いますが、時系列でいうと、カンテ伴奏アンサンブルは以下のような発展の過程を辿ってきました。

①それまで無伴奏だったカンテにギターで伴奏が付けられるようになる(ソレア・シギリージャ型、19世紀前半頃?)

②カフェカンタンテの時代にリブレ形式が成立(自由リズム型、19世紀後半から20世紀初頭頃)

③踊りを入れた表現が一般化するとともにパルマの導入が進む(パルマ・打楽器使用型、1930年代から1950年代頃)

④パコ・デ・ルシアとカマロンによって様々なアレンジが開拓される(バンド型、1970年代末頃から)

1.自由リズム型

自由リズム型のカンテ伴奏は、原則的に歌い手とギタリストが1対1で演奏します。

もともとカンテ伴奏というのは歌い手とギタリストが1対1で対峙するものであり、一部形式を除いてパルマすら入らないという世界でしたが、とくに自由リズム(リブレ)形式は明確なコンパスが存在しないために、全てが歌い手とギタリストの阿吽の呼吸に委ねられていて他の音が入る余地が無いのです。

自由リズムの歌は、ファンダンゴ系と非ファンダンゴ系に分けられますが、明確に体系化されているのはファンダンゴ系の歌で、非ファンダンゴ系のリブレの歌伴奏は個別の対応が必要になってきます。

ファンダンゴ系のリブレ形式には様々なバリエーションがありますが、歌の展開の大筋は決まっているので、ある程度の予定調和が可能です。ファンダンゴ系のリブレ形式の詳細については、以下の記事をお読みください。

上の2つの記事で書いている通り、ファンダンゴ系リブレ形式の伴奏は、基本的にはファンダンゴ・デ・ウエルバなどと同様の6コンパスの基本進行をベースに、形式ごとの合いの手を入れる場所や引き伸ばされる場所を判断する形になり、基本的なことを理解してしまえば伴奏する事自体はそれほど難しく無いと思います。

問題は「間」の取り方、つまり歌やギターのフレーズを繰り出すタイミング的な部分でしょうか。

「間」の取り方はリブレ形式の演奏で最も肝要な部分なのですが、こればかりは「スペイン人のリブレの演奏をよく聴いて真似する」「可能な限り色々なタイプの歌を学ぶ」という経験の積み重ね以外に上達の道は無いでしょう。

2.ソレア・シギリージャ型

ソレア・シギリージャ型カンテ伴奏はカンテ伴奏アンサンブルの中でも最も古いものですが、1.「自由リズム型」と3.の「パルマ・打楽器使用型」の中間的なスタイルと言えます。

コンパスは存在するものの、必ずしもテンポや拍が均一ではなく、歌い手の気分で伸縮させるため、原則として歌い手とギタリストが1対1で対峙する形となります。

現在は、ソレアシギリージャ系・ティエントペテネーラ等の比較的ゆっくりしたテンポの形式がこのスタイルで演奏されることが多いです。

実際の演奏は原則的にギタリストが一人でベースのコンパスを刻み、歌い手はそれに乗っかって歌う形になりますが、部分的にタメをきかせたり詰め込み気味に歌ったりするのを雰囲気で伝達・察知し合って合わせる感じですよね。

現代の完全インテンポの音楽(クラシック系以外はほとんどそう)に馴染んでいる人からすると、基準となるコンパスがあるのに、わざと走ったりモタったりする意味が分からないかもしれませんが、純粋な形のカンテフラメンコはそういう微妙なリズム感覚を楽しむジャンルでもあるし、現在も古い形式であるソレアやシギリージャのカンテソロはこのスタイルでの演奏が主流なのです。

ソレア・シギリージャ型カンテ伴奏の微妙なリズムの揺らし方も、自由リズム型アンサンブルの「間」と同じく、ひたすら真似をして沢山演奏する以外に上達の方法は無いと考えられます。

3.パルマ・打楽器使用型

パルマ・打楽器使用型アンサンブルは、ソレア・シギリージャ型のように歌とギターのみでやっていたカンテアンサンブルにパルマやカホン(1980年代にフラメンコに導入された)などの打楽器を入れることでコンパス面のサポートをするようになった伴奏スタイルです。

昔のカンテ伴奏はブレリアタンゴですらパルマ無しで演奏されることが多かったのですが、踊りが入った三位一体型のフラメンコが浸透する過程でパルマが積極的に導入され、現在はカンテソロと言えどミドルテンポ以上の形式(ブレリア、タンゴ、アレグリアスソレア・ポル・ブレリアなど)はパルマを入れて演奏するのが標準となっています。

パルマで明確にコンパスがコントロール出来るようになったことで、第2ギターやパルマ以外の打楽器を入れることも容易になりました。

パルマ以外の打楽器に関しては、1970年代からパコ・デ・ルシアの先導で様々なアレンジが模索され、コンガ、ボンゴなどのパーカッションが取り入れられてきましたが、1980年代からパコ・デ・ルシアの共演者であるルベン・ダンタスが持ち込んだカホンはフラメンコの演奏スタイルにベストマッチしてコンパスの補強に大いに役立ったため急速に普及し、現在ではフラメンコに欠かせない打楽器となっています。

カホンの特性は、パルマとギターの中間のようなイメージで、ギターのタパ(ミュート奏法)に近いものですよね。

カホン・ジャンベ・ウドゥ(使い方によってはコンガ・ボンゴなども)などの打楽器は、フラメンコ本来のリズム感覚と違和感なくマッチして、カンテ+ギター+パルマのアレンジにプラスアルファで溶け込ませることが可能なため、このカテゴリーに入れられるでしょう。

ただし、使用する打楽器がドラムスや打ち込み的なものになった場合、根本的なビート感覚が変わって全体のアレンジの調整が必要になるケースが多く、そうなると下で解説する「バンド型アンサンブル」の範疇になってきます。

4.バンド型

バンド型のカンテ伴奏アンサンブルは1970年代後半頃からカマロンとパコ・デ・ルシアのコンビによって実験が繰り返されて確立してきたもので、基本的には3.の「パルマ・打楽器使用型アンサンブル」を土台として、ベース・鍵盤楽器・メロディー楽器・ドラムス・打ち込みなどを加えてカンテのバック演奏をするスタイルとなります。

バンド型のカンテ伴奏が可能になった前提として、パルマや打楽器によって完全インテンポ化出来たという事がありますが、そうなる事でドラムスや打ち込み等との組み合わせの可能性も開けたりして、アレンジ・アンサンブルの可能性が大幅に広がりました。

1980年代以降は、純カンテのCDでもルンバやモデルノ系のブレリア・タンゴなどはベースや鍵盤が入ったアレンジになっている事が多いですよね。

ちなみに、この「バンド型カンテ伴奏アンサンブル」からカンテを抜いて通常のヴォーカルや楽器演奏に置き換えると次回解説する「ポップ・フュージョン型アンサンブル」になるわけです。

フラメンコと他の音楽ジャンルのフュージョンアンサンブルというテーマは次回記事で改めて深堀りしたいですが、スペインではカマロン以降、カンテの音源もアレンジの多様化が進んでいて、上手くハマれば正統派のフラメンコ歌手の楽曲もヒットチャートに乗せることが出来るので、1980年代頃からクロスオーバー的なアレンジが出来るプレイヤー・プロデューサーの需要が高まってきました。

日本では、こういうバンド型カンテ伴奏やフラメンコフュージョンの流れは未だ本格的な浸透に至っていませんが、これから発展するカテゴリーだと思います。

カンテ伴奏型アンサンブルの注意点

カンテ伴奏型のアンサンブルを4つのカテゴリーに分けて解説しましたが、以下にカンテ伴奏アンサンブルの細かいポイントを挙げていきます。

なお、「パルマが入る場合は全員がパルマを基準にする」というような基本は前回やった三位一体型アンサンブルと同様ですが、今回はカンテ伴奏特有の注意ポイントを解説します。

コードチェンジのタイミングなど

前回やった三位一体型の場合は、歌われる歌もある程度固定されているため、予定調和的な先読みもしやすいのですが、踊りが入らないカンテ伴奏型の場合は、歌われるネタや長さなどは完全に歌い手の裁量に委ねられるので、その歌い手の持ちネタや癖を熟知していないと完全に先読みするのは難しいものがありますよね。

カンテ伴奏のコード付けは、原則的にフラメンコ音楽論第3回の記事で書いた通り、カンテの変化を聴いてギター(もしくは他の伴奏楽器)が付いていく「後追い式」になるのですが、カンテの歌のラインは「ダマし」みたいなものも多く(そういう微妙なところを楽しむジャンルでもある)、結局はそのネタを知っているか知らないか?の経験がものをいいます。

自由リズム型やソレア・シギリージャ型の1対1の伴奏スタイルなら、そういう探り合いも醍醐味の一つと言えますが、パルマ・打楽器使用型やバンド型のスタイルで複数のギタリストや鍵盤奏者、ベース奏者などが居る場合、各自がそれぞれ違うタイミングでコードを変えたりして全体のサウンドがカオス状態になり勝ちですよね。

コード楽器が複数居る場合は、最も歌い手のネタを分かっている人を軸にして、他のプレイヤーはあまり細かくコードを入れず「確実に分かるところだけ弾く」というスタンスが良いのではないでしょうか。

音源制作などの場合は、先にカンテと第一ギターを録音して、その他の音程楽器はそれを聴きながらプレイしたり、カンテの歌い回しを固定して、それに合わせたコード譜を作って演奏するという手法がとられることもあります。

メディオコンパスについて

カンテ伴奏型アンサンブルの場合、三位一体型に比べて歌い手の裁量が大きくなるため、メディオコンパスの頻度が増えることは確実です。

とくに、歌の落ちが付くところ(中落ち含める)を半コンパス余分に伸ばしたりなどは日常茶飯事なので伴奏者は注意しておきましょう。

メディオコンパスになりそうな部分は大体決まっているものだし、基本的には流れに任せていれば大丈夫な場合が多いのですが、踊り歌と同じネタだからといって歌を良く聴かずに予定調和させてしまうとメディオコンパス分ズレてしまったりという事もありますので。

ギターのテクニックとニュアンス

カンテ伴奏型アンサンブルは、パルマやパーカッションが入ったり、時にはバンド形態で演奏される場合もありますが、三位一体型やポップ・フュージョン型(次回解説予定)に比べてギターの果たす役割が大きく、その演奏テクニックやニュアンスの巧拙は非常に重要なものとなるでしょう。

自由リズム型はアルペジオなどの単音奏法の比率が高く、テクニック的にはややクラシックギター寄りと言えますが、ソレア・シギリージャ型や、パルマ・打楽器使用型に関しては、ラスゲアード含めたストローク奏法、親指奏法、ゴルペ奏法が主役になるフラメンコギター独特のテクニックの比率が高くなります。

それらのフラメンコギター独特のテクニックに関して、自分自身がギター教室で教えていて感じる事なのですが、①ラスゲアードなどのストロークの順番②親指奏法のスラーの位置③ゴルペを爪でやるか?指の腹でやるか?――などの細かい事でコンパスのニュアンスに雲泥の差が出て来るのです。

このあたりの細かい技巧は、カンテ伴奏に限らず、気にする人とそうでない人で差が出やすいところなので、ギタリストはとくに力を入れて研究すべきポイントなのではないでしょうか。

――今回はカンテを中心に据えたカンテ伴奏型アンサンブルを研究しましたが、次回はバイレ・カンテの伴奏ではなく「音楽」が主体となったフラメンコのアンサンブルについて考察してみようと思います。

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